船長イシマルは驚いている。
これまで、
こんな釣り方をする人がいただろうか?
釣り歴およそ半世紀の私でさえ、
こんな
魚の捕り方は見た事がなかった。
一昨日、我々は、4人で、東京湾に船を浮かべていた。
その中の一人、<ヒロ君>が、その人だ。
彼は、船で、海に魚釣りに行った経験がない。
全くの初心者である。
乗船時に、本日の志を訊いた。
イシマル「何釣りたい?」
ヒロ君『クジラ!』
物凄く志が高い人物なのか、単なる物知らずなのか・・
さて、ヒロ君の驚くべき釣法とは・・?
その日は、珍しく全く魚が釣れない日であった。
ウンともスンともフンとも云わず、
つけ餌も、取られる気配がなかった。
「こりゃ、この下に、魚いねえな」
『だけんど、クジラはいるべ』
本気なのか冗談なのか分からないヒロ君の言葉。
水面下からの何の反応もなく、1時間が過ぎ、2時間が過ぎ・・
もう帰ろうか・・と腰を挙げかけた時だ。
突然、ヒロ君が、脇に置いてあった
タモ網を手に取り、
スルスルと伸ばすではないか。
見ていると、昆虫採集の網のごとく、タモ網を頭上から、
パサリと海面に被せた。
野原で、モンシロチョウを採る時のやり方だ。
バッタを捕まえる時も、その動きをやる。
パサリ!
海面に被せたタモ網をクルリと回転させると、
中に入っているのは、なんと
<スミイカ>ではないか!
体長30センチの立派なイカだ。
4人分の刺身がたっぷり取れる分厚い体格をしている。
見ていた3人はポカンと口を開けている。
ど・どういうこと?
ヒロ君の言では、
自分の目の前に、このイカが
ドンブラコと
桃太郎の桃よろしく流れてきたんだそうな。
あまり釣れない我々の為に、東京湾からの贈り物なんだそうな。
ほんとは、クジラが良かったんだそうな。
う~む、わからん。
「こんな事もありますよ」という締めくくりでいいのだろうか?
ありえんでしょ。
魚自身が、自ら船の真近に浮かんできたののですぞ。
捨て身を超え、最上の献上の精神。
「わたしを食べて・・」
ところが、当の本人ヒロ君は、
コレが普通の海釣りだと誤解してしまった。
「チョロイね」
でもね、ヒロ君よ。昆虫採集じゃないんだから、
タモ網は、
上から被せず、
下からすくってネ。