<ホルモン>のちょうちんの文字に惹かれて、
その店に入ったと思って下さい。
そこは、ある地方都市の、繁華街のネオン街だと思って下さい。
カウンターしかなく、15人も座れば満杯の店である。
丸椅子のスツールに座ると、七輪がカウンターに出てくる。
「何にいたしやしょ」
メニューをにらみ、3品選ぶ。
ホルモン
シビレ
ハチのス
まあまあのマニアックな頼み方である。
さあ、生ビールを片手に注文の品を、焼こうとしたら、
カウンターのお兄ちゃんが、トングで、さっさと焼いてくれる。
「ふ~む、そういうシステムの店だったか・・ま・いっか」
この「ま・いっか」が、後悔の始まりだった。
私は、焼き肉系は、
自分で焼きたい派である。
自分のペースで、
食べる分だけ焼きたい派である。
尚且つ、迷い箸である。
アッチを少々。コッチを少々。
口の中に入る肉の味が、常に変化するのが好ましい。
ところがである。
この店は違った。
最初のホルモンが出されたら、それ全部
火の上に、ぶちまけられた。
トングでお兄ちゃんが、見事に焼いてくれる。
焼きあがると、七輪の隅の火が弱い地帯に、積み上げてくれる。
「さあ、さっさと食べなさい」
お兄ちゃんの目が、暗黙のウナガシをしている。
ガツガツガツガツ・・
(ん・・旨えナ)
食べ終わるや、次のシビレが火の上に、ぶちまかれる。
(え~と、あのぉ~
バラバラにぃ、少しづつ食べたいんですけんど・・)
言いたいんだけんど、
雰囲気がそれを許さない。
カウンターに座っている他の客を、改めて眺める。
ふむふむ、二人単位だナ。
ふむふむ、男と女だナ。
ふむ、この店はホルモン屋だったナ。
男性ホルモンとか、
女性ホルモンとかの、ホルモン屋だったナ。
その昔、<力ホルモン(りきほるもん)>なる、
強請系のドリンクがあったナ。
そのデンでいくと、
私以外の客は、ホルモンを純粋に味わっているワケではないナ。
ホルモン屋に行ったと云う実績を、利用しようとしているナ。
舌は、食べる為ではなく、喋る為に使っているナ。
「ホホ肉下さい」
私の追加注文が、厨房にとぶ。
ホホ肉が出てくる。
すぐさま。
ぶちまかれる。
ジュ~ジュ~
あっという間に焼かれ、所定位置(火の弱い部分)に並べられる。
「さあ、さっさと食って、ホルモン系に行きやがれ!」
お兄ちゃんの暗黙の目が、そう促している。
な・なんだと!
世の中にはナ・・
ホルモンをホルモンとして、純粋に愛している輩がいるんだゾ!
ホルモン命のティシャツを着たい輩だっているんだゾ。
プリン体だとか、痛風だとか、を乗り越え、
ホルモンのカンバンを見ただけで、
涎まみれになる野獣がいる事を、知るがいい!