カカ~ンコン、カカ~ンコン
中華のお玉の音が響く。
中華料理屋のカウンターに座っていると、
否がおうでも、カウンター内の所作を見せられる。
お玉のワザを見せられる。
アナタが、カウンターで、ビール片手に、
ヒジをついて、お玉の妙技を見ていると思って下さい。
「スーパイコ、イーガー」
透き通る女性の声で、注文が入った。
訳すと、
「酢豚、一丁」
と、同時に、厨房の火がはぜる。
ボッ!
ひとかかえする程の鍋に、
チンチンに熱せられた脂がチョロリと
注がれる。
問題は、今の表現だl
注いだのは、オタマである。
中華屋さんにおいて、使われる道具は、すべてオタマである。
包丁を覗いて、すべからくオタマが活躍する。
手の延長がオタマである。
オタマが、塩をすくい。
オタマが、砂糖を舐め、
オタマが、酢をかすめ、
オタマが、化学調味料に身をさらし、
オタマが、わからない液体をすくい取り、
オタマが、さらにわからないスープを投げかけ、
オタマが、もっとわからない怪しい粉を、ぶちまける。
あの目分量は、なんだろう?
日本にだって、<サジ加減>と云う言葉がある。
それでも、
サジだ。
オタマではない。
サジとオタマでは、10倍以上の分量差がある。
一見、いい加減に見えるオタマ使いで、
見事な料理の味付けをする。
時折、ズズッと味見をするのも、やはりオタマだ。
「できたぞ!」
配膳係を呼ぶときも、オタマで指し示している。
揚げものを待つ間、オタマをコンロにつっかえ棒にして、
休んでいる。
注文を全部作り終わったのか、
両手でオタマを握り、ゴルフのアドレスに余念がない。
彼から、オタマを取り上げたら、どうなるだろう?
喪失感のあまり、泣き崩れるだろうか?
怒り狂って、ナベをぶちまけるだろうか?
彼にとって、あな恐ろしい言葉を言ってみようか。
「オタマを一切使わず、中華料理を作りなさい」
芦ノ湖