里芋に目がいく。
イモと名がつく芋で、一番好きなイモはどれだろう?
<サツマイモ>
<ジャガイモ>
<里芋>
<山芋>
サツマイモは、子供の頃の筆頭好物である。
すべての食材の中でも、ベストスリーに入賞した。
「おサツがふけたわよ~」
母親の声に、兄弟がとんでくる、
塩をかけながら、息もつかずに、がっついた。
炊き込みご飯といえば、サツマイモご飯であった。
主食にこそ成り損ねたが、
主食の座を、虎視眈眈と狙っているのが、サツマイモだった。
ジャガイモには、さほど造詣が深くない。
ジャガイモと云えば、北海道。
九州生まれの私には、遠い異国のイモだった。
カレーにおける肉減らしの、
誤魔化し増量として、入れられた・・
どちらかと云えば、憎い塊りであった。
「こいつのセイで肉が減らされた!」
いわれのない罪を着せられ、スプーンでつぶされた。
「このやろ、このやろ!」
山芋は、ここぞと云う時に食べるエネルギーイモである。
ここぞが、どこかと言われると、困るのだが、
そこぞである。
さて、里芋。
山形名物の<芋煮>では、里芋が欠かせない。
里芋が無くては、芋煮とは呼べない。
山形の人は、里芋の事を、ただ「イモ」と、
「里」を取り去って呼ぶ。
その山形の今年の夏は暑かったらしい。
伝統の芋煮会が、恒例の河原で催されたのだが、
暑さのあまり、人出が悪く、
大鍋で拵えた、芋煮が、1万人分も残ったそうなのだ。
1万食!
てえことは、里芋が2万個分、残った勘定になる。
山形出身の、後藤ひろひと氏に、その責を問うたのだが、
「山形の人は、そんな暑い盛りに繰り出すほど、
バカじゃありません」
軽くいなされた。
ちなみに、山形の人に、サツマイモを見せたら、
「イモ」と呼んだ。
ジャガイモを見せたら、「イモ」と呼んだ。
今度、後藤氏にも見せてみよう。
さて、里芋は、子供の頃は嫌いだった。
ネトっとしており、ご飯のオカズに向かなかった。
煮しめ物の増量材として入れられている感が抜けず、
なぜ大人が、美味そうにハシを運ぶのか理解に苦しんだ。
そして、大人の私がここにいる。
実に美味そうに、口に運んでいる。
ネトッの、感触を楽しんでいる。
一口大のヤツを、わざと3口に咬みきって食べている。
歯型を見ながら納得している。
うむ、ウイ奴じゃ。
こういう理論がある。
40才を超えると、牛乳を受け付けなくなる。
すぐ下痢をしてしまう。
あれは、
乳幼児の飲みモノを大人が取り上げない為の、
自然の摂理なのだそうだ。
その理論を裏返せば、
大人の舌鼓の食材を取り上げない為に、
子供は、里芋が嫌いなのかもしれない。
里芋の葉っぱ