<タモ>って、知ってる?
たまたま、昨日、タモの話をした。
たきや漁において、サヨリを掬う道具が、タモだ。
でだ、昨日、東京湾に舟で漕ぎ出し、
釣りをしていたのだ。
自称天才釣り師の、ナカヒラ君がいたにも拘わらず、
ウンともスンとも音信のない釣りであった。
全く釣れない、情けないひとときであった。
そんな時だった。
私の目の前に立ててあったタモが、
船の揺れに合わせてゆらりと揺れるや、
船べりを超え、水面にダイブしたのだ。
何が、悲しくて、そんな行為に走ったのか・・
バシャンッ
タモの素材は、95%金属で出来ている。
比重が水より重い物質だ。
ダイブした途端に、じわりと
沈み始めた。
スワッ!
飛び上がった私が、水面に手を突っ込む!
届かない!
更に、手を伸ばす!
舟から落ちそうになる。
哀れ、タモ君は、じわりじわりと、水中に沈んでゆくのだ。
我々には、最早や、なすすべはない。
去り行く、タモ君を見つめているだけだ。
出来る事と云えば、つぶやきだけだ。
「さようなら」
っと、その1時間後。
「ウワッ重い!」
私のサオが、満月のように曲がる。
何か大きな魚が掛かったのだ。
「ナカヒラ!タモを頼む!」
『タモ無いよ』
「あっ、そうだった」
やがて、魚が水面近くに挙がってきた。
「鯛だ!」
『どうすんの?』
「ナンかない、
すくうモノ?」
釣りにおいて、大きな魚は、タモが無いと、
船中に挙げる事が出来ない。
水面から、無理やり挙げると、
体重が、モロに釣り糸に掛かるので、
細い釣り糸は、プツリと切れてしまうのだ。
ふと見ると、ナカヒラ君が、
こぶりなザルを、両手に抱えてこちらを見ている。
自分の顔より小さいザルだ。
「え~とネ、蕎麦を掬おうってんじゃないんだから、
そのザルは、小さくないかい?」
とっさに反省したナカヒラ君が、手にしたのは
バケツ。
直径40センチほどのバケツ。
ジャブッ!
鯛が見事に、
バケツで掬われた。
魚の王様、鯛が、雑巾を洗うバケツで御用となった。
返す返すも、残念な思いで死に切れない鯛くんであろう。
ごめんね、タモを、君の海底に、落としちゃったんでネ。