<気仙沼> (けせんぬま)
7年ほど前だった。
三陸海岸をハイエースで、ブラブラとしていた時に、
立ち寄ったのが、気仙沼だ。
気仙沼と云えば、港町。
森進一が、港町ブルースで、とうとうと歌いあげた町だ。
「ここはひとつ、飲み屋街に行くべ」
行くべ、行くべと探しゆくのだが、飲み屋街が無い。
小一時間して、諦めた頃に、その看板が現れた。
《
いろり》
木作りの扉を押し開けると、スキンヘッドの爺さんが、
カウンターの中で大きな声で、客と話していた。
おかしな店だ。
酒は、自分で、冷蔵庫から勝手に飲めという。
食い物は、どんどん出すから、それを食えと言う。
おとなしく従う私。
ほどなくして出された酒の肴に、驚きの涎がでる。
毛ガニが2ハイ。
ソイの刺身
クロダイの塩焼き
「おめえ~役者なんだって?」
他のお客さんに聞いたらしく、大将がのたまう。
『はい、いちおう』
「食えてねんだなあ~」
『い、いや、今は・・食えてるかもしんない・・』
「そうかそうか!」
私の言葉を聞く耳もなく、
「おい、みんな、こいつに
カンパしろ!」
カウンターにいた客から、
千円づつ、大きな手で巻き上げ、
私の手の平に握らせてくれた。
「持ってケ、いい役者になんなよ!」
『ありがとうございます!ありがとうございます!』
越の寒梅はじめ、お高い酒を飲みあかし、
ガバガバ食った私から、お勘定として、
1500円しか取ってくれないばかりか、
サンマの煮モノをお土産に包んでくれたお母様。
なにより、生涯忘れられないほどの楽しい時間を与えてくれた
<いろり>のご夫婦。
どうか、津波をかいくぐっておられますように・・
どうか、津波をかいくぐっていて下さい!