~一昨日からの続き~
大きく揺れる地下鉄車内に私はいる。
目を閉じた。
今、いるのは、地下30mほどのトンネルの中だ。
停電が発生すると、恐らく真っ暗に近い状態になるだろう。
人は、我慢すれば、暗闇に耐えられるかもしれないが、
突然、真っ暗になると、パニックを起す。
その為に、あらかじめ、
目を馴らしておく必要がある。
たまたま、私には訓練が出来ていた。
コレは、真っ暗な舞台上に、袖から出て行く役者が、
皆やる行為なのだが・・
出番の1分以上まえから、
目をつぶっておくのだ。
すると、かなりの暗闇でも、スイスイと歩く事ができる。
やれと言われれば、走ることもできる。
本気になれば、
舞台の、客スレスレの断崖に立つことも可能だ。
スレスレに挑戦して、客席側に転落した役者もいる。
(私だ)
話を戻そう。
まだ揺れは続いている。
一定の揺れというより、
やや大きく揺れたり、やや小さく揺れたり・・
列車内の灯りは点いたままだ。
揺れは、
時間にして、2分以上3分以内続いた。
揺れは、突然終わるのではなく、
だらだらと終わった。
列車内に、どお~と、母音だけの感嘆詞が吐き出される。
まるで、皆が、暫く息を止めていたかのようだった。
最初の雑音は、声ではなかった。
それぞれが、取り出す携帯の操作音だ。
声も聞こえる。
しかし、大声はない。
むしろ、ヒソヒソ系の囁きだ。
「揺れたね」
「うん、揺れた」
「びっくりしたね」
「うん、びっくりした」
「止まったね」
「うん、止まった」
3つくらいの簡単単語会話が、あちこちで起こる。
「ただいま、運転を見合わせております。
ご迷惑をおかけしております」
先ほどよりも緊迫した声の、アナウンスが響く。
足のストレッチを始めた。
座ったまま、筋肉を緊張させたり、緩めたり・・
「列車から降りるのは危険です。
決して、線路を歩かないで下さい」
このセリフが最も強調されたアナウンスだった。
「ただいま関東地方を襲った地震の影響で、
列車の運行を見合わせております」
二つの状況セリフが、繰り返される。
頻繁に繰り返される。
車掌の声は震えていない。
逼迫していないし、叫んでもいない。
だからといって、
人ごと感もない。
(わたしも困っている)感が伝わってくる。
(動かない・・地下に閉じ込められる)
皆が、無意識に目だけを動かし始めた。