21才の八丈島での断食の話をした。
実は、30才の時も、私は断食をしている。
それも、東京の都会の真ん中でやっている。
断食道場に入ったわけではない。
勝手に、断食をした。
すなわち、<自主断食>
断食を始めると、もっともやっかいなものが何だかわかる?
においである。
においに、非常に敏感になる。
特に最初の3日間が、豚の鼻になる。
都会とは、においの洪水だ。
脂っこいにおいに溢れている。
外食産業の換気扇は、断食中の豚の鼻めがけて、
大量の魅力あふれる煙を吹き付ける。
これでもか!これでもか!
八丈島のような南の孤島ならいざしらず、
東京のど真ん中に、においの無い場所などない。
花屋の前を通りかかり、思わず、
バラに喰らいつきそうになる。
花とて、美味そうに感じるのが、断食だ。
「断食をすれば、嫌いな食材などなくなる」
と、述べた人もいる。
私だ。
特に、夕方になると、<激>の付く過激なにおいが、
街中に噴出される。
豚の鼻が、ピ~ピ~ひきつく。
断食に最も向いていない場所が、
近代国家の都会の街中だ。
一日中、食い物の事ばかり考えている。
精神を高いところへ到達させようと、
崇高な気持ちで始めたハズの断食が、
最悪の低レベルで、這いずり回っている。
悪魔の声がたえず聞こえる。
『からだに悪いから、やめときな~
たとえ身体が健康になっても、精神を病むぜ~
せめて水に、蜂蜜など落としなヨ~』
ところが、不思議なもので、4日ほどすると、
豚の鼻が、犬の鼻になり、
5日目には、風邪をひいた人間の鼻になる。
それ以後は、鼻が利かなくなる。
鉄板の上で、焼け焦げる肉塊を見ても、
燃えるものがなくなる。
ある意味、感受性が鈍感になるのかもしれない。
そして、10日を過ぎたある日・・
一枚のセンベイが、断食終焉の幕引き役となった。
「え~センベイですか~?」
と軽蔑するなかれ。
センベイの焼け焦げた醤油の香りは、
高邁な精神をも、うち砕くのである。
日本人が日本人たるゆえんの、高貴なセンベイの香りに、
私は、やせ細ったわが身をささげたのだ。
「ま、はやい話・・負けたのネ」
ううぅ・・・
八丈島灯台