「そうですね」
将棋界が、この言葉に席捲されている。
さっき、将棋のテレビ番組を観ていたら、
10分のインタビューの間に、
合計56回の「そうですね」が計測された(私によって)。
司会者と、インタビューされる側との合計である。
「今回の作戦は・・?」
『
そうですね、作戦的には・・』
質問されると、まず、接頭語として、
「そうですね」が必ず付いてくる。
もれなく付いてくる。
口癖である。
それに付き合うかのように、インタビューアーまでもが、
口癖のアリ地獄だ。
「そうですね、対局がないときには、どのように?」
『そうですね、ぼんやりと』
「そうですね、ぼんやりとですか?」
『そうですね』
「そうですね、では・・」
もはや、
そうですねが無いと、
口語として成り立たなくなっている。
あまりにも、頻繁に口にするので、
短縮形に進化している。
「
そえすね、私の場合は・・」
そえすねで済まそうとした自分の不甲斐なさに気付き、
直後には、「そうですねぇ~」と、
はっきりきっちり喋ろうと努力する様がみえる。
っとここで、面白い変化がおこる。
「
そうで・・ん?あ~はいはい、アレはですね!」
そうですねと言いかけて、アレを思い出したらしい。
思い出して、話が続く。
「アレはですね、そうですね、私の経験では・・」
せっかく、<そうですね>を使わずに喋るチャンスだったのに、
文章の途中に、<そうですね>を挟んでいる。
もうここまでくると、接頭語を離脱して、
「あ~」とか、「う~」とかの、
間を埋める吐き出し音だとも言える。
その昔、
「あ~う~」と愛称で呼ばれた大平首相がいた。
彼に言わせれば、「そうですね」と言っちまえば、
楽なのだが、
「イエス」と誤解されるもんだから、
国家元首として、曖昧に誤魔化していたのだナ・・
「あ~う~」と。
っとここで、この方を思い出す。
《米長邦雄》(よねながくにお)
49歳で名人位を獲得するという、
信じられない偉業を達成した、
将棋界の偉人である。
米長氏が、あがめられたのは、何よりその話術だ。
喋りである。
私の記憶では、氏が、
「そうですね」を接頭語で使った憶えがない。
常に、新たな入り口の喋り方をしていた。
その米長元名人は、昨年の12月に、
アッチの世界に旅立ってしまった。
将棋界は、「そうですね」を食い止める最後のダムを、
失ったのだろうか?