東京湾の浦賀水道。
ドデカイ船が往来する、海の高速道路である。
そこに、タグボートが活躍する。
水先案内人を、巨船から降ろしたり、
船員をタンカーに乗せたり、
それも、走行中に行なうのである。
そのタクシーとも言うべき、タグボートの
機関長に、
我らの仲間の長老がいた。
名前は、桜井さん。
68才のウインドサーファーである。
身体も心も丈夫で通っている。
ある時、桜井さんが、小指をポキッっと折ってしまった。
「大丈夫ですか?病院行きましょう!」
ところが・・病院にも行かず、
ツバを付けただけで、
夜の酒宴に参加していた。
風邪でも、腹イタでも、ツバを付ければ治るというのが、
桜井さんの、信条だ。
まだ、そんな人間が日本にいた。
その小指は、今でも曲がったままなのだが・・
その昔、桜井さんが、外国航路の船乗りだった頃、
ある港で、
大きな船と船の間に、誤って落ちたそうだ。
船ってのは、並んでいると、そのうち、ゴツ~ンと、
ぶつかり合うらしい。
水面に浮かび、
じわじわと鉄の塊が押し寄せてくるのが分った桜井さん。
前後に泳いでも、大きな船なので、とても間に合わない。
そこで、とっさに、真下、つまり水中深く潜ったのだ。
大きな船の水中部分はとてつもなく長い。
しかも暗い。
息が続かない。
しかし、浮上すれば、
ペッチャンコにつぶされる。
進退極まった桜井さん!
だが、ついに船底を探り当て、
仰向けになって、これまた果てしない船底を掴むようにハイ進み、
反対側まで、辿り着く。
やがて、明かりを頼りに、浮上したんだそうな。
「人間っちゃ、いざとなったら、凄えよぉ~!」
語る桜井さんだが、
凄えのは、アナタでしょうが・・
「
な~んにもせんちょうと、海に出るだぁヨ」
船長の事を駄洒落で呼ぶ
桜井機関長の事を、
我々ウインド仲間はこう呼んでいる。
《まったく
云う事キカンチョウ》