日本酒好きな方なら、誰もが御存じの、この注ぎ方。
グラスの下に、升を置き、
酒をこぼして入れるのである。
グラスで一杯頼んだら、こぼしてまで注いでくれたと云う、
ノンベエ特有のサガを、くすぐられている。
ところが、この店の場合、よく見ると、
升の下に、もうひとつ皿が敷かれてある。
升から更に、酒がこぼれ、皿までもが、
表面張力で盛り上がっている。
我らがサガを、くすぐられまくっている。
っと、喜びはここまでだった。
ここから、苦難の酒呑みが始まるとは・・・
「はい、どうぞ」
三段階のこぼれ酒が、目の前で注がれた。
さて、どうやって、呑むか・・?
まず、誰もが、口をグラスに近づける。
ズズズッ
表面張力している上澄みをすする。
とても人様にお見せできない下品な仕草である。
出来る事なら、カウンターの両側に衝立を立てて貰いたい。
次は、グラスをそおっと持ち上げ、チビリとやる。
ここからが難しいのだが、
グラスを元の升に戻さなければならない。
升の中に溜まっている酒に沈めてゆくと、
表面張力ギリギリのところで、着地する事になる。
チビリとやるたんびに、このギリギリを達成しなくてはならない。
乱暴に置いたりすると、升から、酒がこぼれ、
下の皿に落ちてゆく。
皿の酒はただでさえ、表面張力で、盛り上がっているのだ。
もはや、酒を受け入れる余裕などない。
こぼれれば、カウンターの板に吸われる悲しい事態がおきる。
酒を呑むというクツロギ方向の行為の最中に、
器用選手権の競技が試されている。
さてと・・グラスをやっつけたゾ。
次は、升の酒をグラスに移す段階だな。
ジョボジョボジョボ
うむ、コレはうまくいった。
升の角っこは、酒を注ぐのに適した形をしている。
やがて、升の分量もやっつけた。
よし、次は、皿の酒をグラスに移すんだな。
ん・・どうやんだ?
まず、升を取り出し、外に置く。
その中にグラスを入れておく。
升を出した分、表面張力はなくなったものの、
まだ満杯の皿の酒を、グラスに近づける。
グラスの口径より、皿の口径ははるかに大きい。
こぼさずに入れられるだろうか?
せ~ので勢いつけて注ぐべきだナ。
よし、勇気を持って・・せ~~~の!
結果を言おう。
半分がこぼれた。
ドバドバとカウンターの板の上に流れた。
「フキン、フキン!」
ちょいとした騒ぎになった。
周りの客の視線が冷たかった。
その後、同じこぼし酒を呑んでいる方の作法を見て、
ガックリ首をうなだれるのであった。
《皿の酒は、皿に直接口をつけて呑む!》
精進料理の器