宮崎県の、とある町を車で走っていた。
「うまい蕎麦が食いたいナ」
田舎道を走っていると、
ふつふつと湧いてくる蕎麦への思いである。
《十割手打ち蕎麦》
のぼり旗がはためいていた。
ただの民家だった。
料理屋としての店構えが、ない。
「ごめんください」ではなく、
「こんにちは」で、ガラガラと扉を開ける。
出てきたのは、オバチャン。
「どうぞ」と通されたものの、この家の応接間に通されたようだ。
「もりをください」
『はい、これから打ちますんで』
こ・これから?
そっか、この店はそういう店だったか・・
これまで、田舎の蕎麦屋で、
注文を受けてから打ち始める店に何度か入ったことがある。
その場合、大きな問題は、
<時間がかかる>
蕎麦が出てくるまでに、かなりの時間がかかる。
これまで、最大で、1時間半待たされた事もあった。
出された蕎麦の味は旨かったのだが、
なんせ腹が減りすぎて、
食ったのか飲み込んだのか、定かでなくなる。
物足りなくて、オカワリをしたくなるのだが、
あと1時間半は待てない。
さて、この蕎麦屋はどうだろう?
「すみません、どのくらい時間かかります?」
やんわり尋ねてみた。
『え~あ~う~』
「なんとなくでいいんですけど・・」
『10分くらいで』
へっ、そんなにすぐ出来るんだ。
質問したのが、悪かったかな?
では、新聞でも読みながら・・
ドタドタドタ~
誰かが、廊下を走ってくる。
なんだなんだと思っていると、
蕎麦をのっけたお盆を抱えて、
オバチャンが、必死の形相で走ってくる。
十割蕎麦ってのは、ゆがいて冷水で冷やしから、
客の口に入るまでの
時間が命だ。
時間が経てば、あっという間に乾燥して、
香りも味もとんでしまう。
よって、台所から、懸命に走って運んでくるのだ。
ならば、こっちも、走って食べなきゃ!
ではなく、急いで食べなきゃ!
まずは、パチリと、写真なんか撮っている場合じゃない!
箸もパチリと割って待っていなければならなかった。
一口、蕎麦をズルズルやる。
「ほおお~~~」
思わず、頭を後ろにのけぞらす。
視線は、蕎麦を見たままだ。
もう一口、モグモグやる。
「う~~~ん」
ゆっくりうなづく。
これはこれは、なかなかのもんでないかい・・
切り方にバラツキはあるものの、それが、
歯ごたえにおける、いい塩梅のリズムチェンジになっている。
ごちそうさまでした。
オバチャンが走る理由が、はっきり解りました。
700円。