鮎釣りを、本格的にした経験がない。
日本では、鮎を釣るには、おとり鮎を使って釣る。
縄張りを大切にする鮎の性質を利用する釣り方だ。
私のことだから、もし本格的に始めれば、
あまりの面白さに、のめり込んで、
毎日のように、川の中に立っていると思われる。
きっとそうなる。
必ずそうなる。
だから、鮎は、努めて釣らないように決めている。
「食べるだけ」と、紙に書いて貼ってある。
塩焼きにした魚で、思わず、
「ああ~うまいなあ~」
と感嘆詞が洩れるのは、何といっても、やはり鮎だ。
それも、
天然モノの鮎にかぶりつくと、最初のヒト噛みで、
しばらく呆然となる。
コケをたっぷり食いまくった鮎に、その香りが残っている。
コケを培養したような芳醇な香りだ。
あっという間に食べつくし、皿に何も残らない。
そして、次の鮎に手を伸ばす。
「焼きたてなら、3匹はいけます!」
聞かれてもいないのに、豪語したりする。
「よくこんなに釣れましたネェ~」
釣ったヒトをヨイショしたりする。
「また、焼き加減がちょうどよろしくて~」
釣った上に、焼いてくれたお礼を述べたりする。
『ヤナで捕ったのより、やっぱ釣った鮎の方がうめえナ』
「へ、そうなんですか?」
『待ち伏せして捕ったんは、目覚めが悪りいやナ』
「はあ・・」
『そら、命の勝負して、やり合わんとナ』
「命・・かけますか・・」
『命はかけねえけど、絵はかけるデ』
釣り師が見せてくれたのは、石に描いた鮎の姿だった。
「もってきな、なんぼでも描いちょるけん」
部屋の奥から、なんぼでも石が出てきた。
どの石にも、見事なまでの生き生きとした鮎が踊っていた。
画銘 <笑爺>