築地魚河岸には、全部を統括する本部の様な所があって、
その前に掲示板がある。
《拾得物掲示板》
いわゆる、落し物だ。
あれだけ広い地域にたくさんの人達が働き歩いているのだから、
確立の問題で、落し物が発生する。
最近は、世情を反映して、
パスモだの、アイフォンだのが拾われている。
それでも、長ネギや冷凍タラコが、
路上に落ちているのがほほ笑ましい。
どうやって落とすのだろうか?
落とした事に気付かない方は、
むだにボンヤリしていた訳ではない。
常に急いで移動するクセがついている上に、
魚河岸特有の騒音が、落下音を聞こえなくさせている。
その昔の、落し物最右翼は、コレだった。
《冷凍マグロ》
数キロはあろうかと思われるマグロの半身だの四分の一の身が、
拾得物として、届けられる。
実は、こいつの
落ち方は、判明している。
ターレーや、大八車の上から、転げ落ちるのだ。
ターレーも大八車も、人が先頭に乗り、
あるいは歩き、ひいている。
よって、後ろの荷台のブツが落ちても気付きにくい。
10キロもの物体が落ちたら、
さすがに分かるだろうと思うだろうが、
そんなブツを何本も、運んでいるので、気付かない。
現に、私も、落とした事があった。
私の場合、しばらくして落とした事に気付き、
すぐにルートをあと戻りしたら、
通路にゴロンと横たわっていた。
マグロの肉塊が、路上に寝ているのは、面白い。
誰にも拾って貰えない、という愛らしさがあった。
もし、この冷凍マグロが、
新宿あたりの路上に落ちていたらどうだろう?
サイフやバッグと違って、拾得しづらい物体である。
拾ってしまったはいいが、処置に困る。
あまりの事に、すぐ警官が駆けつけるだろう。
駆けつけたものの、目が点になり、仲間を無線で呼びよせ、
取り囲み、ああだこうだ議論が始まるに違いない。
一応、鑑識が馳せ参ずるかもしれない。
そんな冷凍マグロの拾得物は、築地では、見向きもされない。
何時間も、通路に転がったままなんて事が、よくあった。
「コレ、どこの奴だろう?」
誰かが疑問を発しないかぎり、いつまでも転がっていた。