《土合(どあい)駅》
東京から新潟へ向かう上越線の群馬県境にある駅だ。
この駅は、谷川岳に登る登山者が頻繁に利用する駅でもある。
この駅は、登山者に、こう呼ばれている。
《日本一のモグラ駅》
下り線のホームが、地下深い場所にあるのだ。
土合駅のホームに滑り込んだ列車から降り立った、
大きなリュックを背負った登山者は、
薄暗い地下の空気を吸うことになる。
そして、ホームからいきなり斜めにそそりたつ階段を、
首をそらして見上げる。
486段
地上の改札を抜けるには、登るしかない。
この駅には、エスカレーターも、エレベーターもない。
ズシリとした背中の重みを背負い直し、つぶやくのである。
「うわぁ~しんどいなあ~」
「なんで、地上に駅を造らないんだヨォ~」
これから、日本でも名高い険しい山に登ろうという、
荒ぶる登山者の言葉とは思えない。
彼らにとっては、
余分な登り行為なのである。
先日、民宿に泊まったおり、お風呂に入っていた。
熱い風呂では、冷水を浴びるのが私の楽しみだ。
真冬こそ、この冷水の効果に酔いしれる。
その民宿の風呂も、かなり熱かった。
アツアツに温まった身体を、湯船からひきあげ、
カランの前に座る。
これから冷水を被るべく風呂オケを下に置き、
水の蛇口をひねった。
すると突然、上部のシャワーノズルから、冷水が噴き出たのである。
前回の使用者が、下の蛇口ではなく、
シャワーの方に、選択バーを倒していたらしい。
「キャアアアァ~!」
はしたない悲鳴を漏らしてしまった。
どちらかと云えば、女子の悲鳴である。
これから、洗面器で冷水をかぶろうという、いわゆる修験者が、
シャワーの微かな水に、女子悲鳴を挙げている。
荒ぶる登山者も、冷水をかぶる修験者も、
予定外の災難には、弱いようです。