「熊、食べますか?」
東北の、とある民宿のご主人がのたまう。
私の箸には、ワラビの煮物が挟まっている。
そういえば・・・欄干にかかった写真に目をやる。
鉄砲で撃たれたらしい熊の横に、オジサンが写っている。
その顔と、今、私に、
「熊を食べないか」と誘うオジサンの顔は同じだ。
きけば、御主人は、マタギだと云うではないか。
《半宿半猟》
無理やりそんな職業を漢字で作成してみた。
民宿を営みながら、鉄砲かついで、山に入る。
熊に鹿、ウサギ、などなど。
「先日、バ~ンとやった熊を鍋にしたので喰ってみな」
と云う訳である。
野生の獣は、脂が旨い。
猪も勿論そうなのだが、熊ともなると、その旨さは格別である。
何より、すでにイメージが先行している。
猪あたりだと、まだ野獣と書くには、物足りない。
よもや鹿では、荒ぶれない。
ここはやはり、熊だ。
《熊を喰らう》
この響きだけで、目が輝き始める。
<食う>ではなく<喰らう>と、口編と<ら>をわざと付ける。
「いやあ、昨夜、熊食っちゃてサア~」
会社の昼食時に、さりげなく言葉を吐いたらどうだろう?
とても変な人の烙印を押されるか、
英雄視されるかのどちらかである。
当然ながら、前者に落ち着く可能性が限りなく高いが・・
友人に、熊を食った話をすると、皆、熊肉を見た経験がないセイか、
生きている熊そのものに喰らい付いている絵を想像してしまう。
毛皮を着たままの熊に、かぶりついている絵が出てくる。
手とかに、私が喰らい付いている絵に、おぞ気をふるう。
百歩譲っても、原始人ギャートルズの男が、
ぶっとい骨付き肉塊に歯を当てている状態を思い浮かべる。
はい、アナタ、どうですか?
ちゃんと、スーパーで売っている牛肉のような肉塊を、
想像できましたか?
スライスされた肉片ですか?
こま切れ肉ですか?