「これから、峠に向かうんですナ」
何気なく喋った私の言葉の語尾が気になった。
「ですナ」
この喋り方は、その昔、映画《社長漫遊記》などで、
森繁久弥さんが演じている時のセリフの語尾じゃないか。
「一杯お酒をいただくとしますかナ」
オジサンそのものである。
いや、おじいさんそのものである。
若い頃、台本にそんなセリフがあった場合、
「ナ」を「ネ」に勝手に書き換えて、喋っていた。
「さて、行きますかナ」
「さて、行きますかネ」
「ナ」とは生理的に言いずらかったのだ。
ところが、ふと気付くまでもなく、
「ナ」付きで、日常生活を送っているではないか!
いったい、いつ頃から、「ナ」を呼べるようになったのだろう?
思い起こしてみる。
あの時・・あのとき・・・アノ時・・・
どうやら、58才頃に、自然と湧いてきたらしい。
最初に使った時は、ドキリとした。
(なんか、使っちゃった・・誰か聞いてたかな)
小さくオビエていた。
2度目、意識して使ってみた。
「サバの刺身は旨いですナ」
舌鼓の合間に、挟んでみた。
3度目は、眉尻を垂れながら、語ってみた。
「今週はどの山に登られますかナ?」
気付かれなかったのが残念だった。
そして、いつか使う時がくるのであろうか、あの語尾を。
「この鯛はおいくら
じゃナ」
ぶっといゴボウですナ