《赤貝》
寿司屋のカウンターに一人のオジサンがいる。
静かに盃の酒をナメ、白身魚を箸で裏返している。
ふっと、カウンターの板さんの包丁さばきを眺めては、
ちびりとやり、
木の札に書かれたお品書きに目を細めては、
グビリとやっている。
まるで、通を気取ったかのように、オジサン一言。
「赤貝入ったの?」
顔をあげた板さん。
『ええ、大振りのが・・』
「一つツマミで、一つは握ってくれる?」
『へい』
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半世紀ほど前・・・、
大分県の県北の海岸で、私は、胸まで海につかっていた。
つかりながら歩いていた。
足の裏で、あるモノを探っていたのだ。
それが・・《アカガイ》
足の裏が砂をかき分けていると、
ゴツゴツした感触の物体を感じる。
いたッ!
顔を没して潜る。
すると、海中の砂の中に、縞模様のアカガイが鎮座しているのだ。
あとは、掴みだすだけ。
「ボクのは、大関だゾ!」
「ボクのは、横綱だぁ~!」
海面にアカガイを掴んだこぶしを高々と突き出し、
貝の大きさを競い、叫んでいた。
その夜、家族で、アカガイ三昧の宴が始まる。
いにしえの、二度とない贅沢な、ひとときだった。
赤貝を剥いて売っている