「おいしいパン屋さんが出来たんだって」
奥様方が、立ち話をしている。
「え~どこどこ?」
話が盛り上がっている。
喋っている話をまとめてみるに、
この奥方は、その店には行っていない。
友達から、おいしいパン屋さんが出来た話を聞いたようだ。
行っていないどころか、
そのおいしいパン屋さんのパンを、まだ食べていない。
話でしか知らない。
で、話をしたおお元の友人も、おいしいパン屋さんには、
行っていないし、食べてもいないらしい。
また聞きである。
つまり・・誰が「おいしい」
と言い出したかは不明なままである。
そんな疑問は、まったく持たず、
パン屋さんの接頭慣用句として、「おいしい」を使用している。
パン屋さんは、不思議だ。
食べてもいないのに、「おいしいパン屋さん」と呼ばれている。
たいがいのパン屋さんは、そう呼ばれる。
確かに、パン屋さんで、まずいパンを買った覚えがない。
あの焼きたての独特のかぐわしい香りを嗅ぎながら、
パンを買うのは楽しい。
家まで持って帰るのももどかしく、
近くの木陰のベンチで袋をあけたくなる。
この経験が積み重なり、
パン屋はおいしいものという良い誤解が生まれている。
ゆえに、奥方の会話は疑問すらなくなされている。
「ねえねえ、おいしいパン屋さん、もう一軒できたの知ってる?」
よもや、本当においしい場合には、
「すっごくおいしいパン屋さん」と形容され、
道端会議は続いてゆく。
十五夜