「遺言を書いた方がいいですよ」
銀行に行くと、パンフレットが置いてある。
ドキッ
確かに書いてない。
しかし、
まだまだ書くには、日にちがあるような気がしている。
まだまだ随分、死なないような気がしている。
「そこが、盲点なんです」
銀行のパンフが、「書きなさい」、グッと押してくる。
壁のポスターが、「書くべきです」、上からのしかかってくる。
ドキッ
試しに、書いてみるか?
コンビニに走り、便箋を買って来た。
筆ペンを用意した。
どうしていいのか分からないので、まず、風呂に入った。
身を清めた。
清めたわりには、パジャマを着ている。
風呂に入ると、自動的にパジャマを着る習慣がついている。
え~~とぉ・・
便箋の前に正座し、背筋を伸ばし、最初の一行を書き出した。
「遺書」
書いた。
ん・・・?
違うような気がする。
なんか違う。
たぶん違う。
え~~~となんだっけ?
ゆ・・ゆいごんだ。
今、書いたのは、イショだ。
なにが違うんだっけ?
書いた。
<遺言> ゆいごん
<遺書> いしょ
はは~ん、言と書の違いだ。
困ったな。
生涯の中で、一回だけ書きとめる大切な行事、
大切な振る舞いを、間違えてしまった。
もし、書き換えることが出来ない公文書であれば、
私の遺言書には、
《遺書》の文字が記されている事になる。
まったく意味が違ってしまう。
2時間ドラマでもありえない展開になってしまう。
「警部、コレ遺書となってますが、遺言の間違いじゃないですか?」
『まさか、んな事あるまい、遺書と遺言を間違う仏さんなんているか』
しかし、間違った。
でも、間違ったことに気付いて良かった。
気付いてなければ、ひょっとしたら、
遺言書が無効になる可能性もでてくる。
警察が調べたら・・・老衰のハズなのに、
自ら命を絶った可能性を捜査しなくてはならなくなる。
その原因が、おバカの書き間違いだ。
世の中にひとりくらい、この間違いをしている人はいないだろうか?
金庫の中を確かめてみた方がいいと思いま~す。