《帚を逆さに立てる》
来訪者が家にあった時、夕方などに、
「そろそろお帰り願いたい」
という意味で、トイレに行く廊下などに、
帚を逆さまに立てておく。
すると、トイレに立った来客が、ふと気づく。
『そうか、そろそろ帰らなきゃ・・』
コレは、日本古来の、控えめなサインだ。
日本古来と言ったが、
京都古来の奥ゆかしいやり方という方がわかりやすい。
あえて言葉にしないで、サインで相手に伝える。
(言わへんけど、察しとくんなはれぇ)
私の母親の作子さんは、京都生まれの京都育ち。
奥ゆかしいやり方で生きてきた人である。
その昔、帚が家にあり、
当然、逆さまに立てる意義に燃えていた。
当時、我が家は、父親の仕事がら来客が多かった。
たくさんの客が来ると、母親は次男坊のけんじろう君に、
帚を渡し、ことづける。
「合図をしたら、トイレの前に帚を立てなさい」
『は~~い』
返事だけはいいけんじろう君。
しかし、こっそりが嫌いなけんじろう君。
堂々と、「お帰り下さい」と言えばいいのにぃと、
生真面目に憤慨していたけんじろう君。
合図がきた。
帚を立てたのはいいのだが、逆さまではなく、
普通に立てた。
せめてもの反抗だったのである。
しかし・・・
当時の客は、人の家にお邪魔した場合、
廊下に帚が逆さまに立てられていたら、その意味は理解できた。
なのに・・・
トイレに行った客が見たものは、逆さまでなく、
帚がそのまま立てられている・・ではないか!
コレはどう判断したらいいのだろうか?
「帰れ」なのか?
「帰るな」だろうか?
「帰ってもいい」のだろうか?
「おととい来い」かもな?
グジャグジャに迷った酔客らが、廊下でとまどう。
すると、賢明な客が、持ち上げて逆さまに置いてゆく。
っと隠れていたけんじろう君が、すぐさま元に戻す。
逆さまにする。
元に戻す。
我が家のうたげは、グダグダに更けてゆく・・・