『どこか、痒い所は御座いませんか?』
美容院で、洗髪中に言われる言葉である。
この質問をされて、
「はい、云々~」と返事をした事がない。
たとえ、痒い部分があったとしても、
その場所を
言葉で表現出来ないからだ。
髪の生えている部分で、特定出来る場所は、<つむじ>位だ。
例えば、後頭部のある部分を特定したいのだが、
どう言っていいか解らない。
背中なら、「真ん中のちょっと上、もっと右」
という表現が出来る。
ところが、丸い地球儀の様な頭が、しかも、
顔を天井に向けて、寝ているのだ。
前後、左右、上下の方向性が解らない。
言っている意味の解らない人は
はい!やってみましょう!
右耳の少し上を指で触って下さい。
その少し、
左が痒いのです。
さあ、左ってどっちでしょう?
ある意味、
すべての方向が左とも言える。
そもそも、最初に
右耳の上と言ったが、
寝た状態での
上はどっちだ?
お客のそんな迷想を知ってか知らずか、簡単に声が落ちてくる。
『
痒い所御座いませんか?』
この言葉を掛けられて、
実際に痒い所を掻いて貰った人っているのだろうか?
貰ったって方、手を挙げなさい!
今、手を挙げたあなた、よく
変ってると言われるでしょ。
(それはそれで羨ましい)
いいですか、あの言葉は、こういう意味なのですよ。
『洗髪は、もう、この程度でよろしいですか?』
『私も、毎日何人も洗っているので、疲れるんですよ』
つまり、
そろそろ終わりにします・・という前フリなんだな。
医者が『お大事に』と云うのと大差ないんだな。
飲み屋で、遠慮の固まりで残った
最後のひとかけの干からびた刺身が載った皿を、店員が
『お下げしてよろしいですか?』
と云うのと、同じなんだな。
「まだ食べる!」
などと、大人気ないセリフを言ってはいけないんだな。
元に返せば、たとえ痒い所があっても、
いや、痒くて堪らなくっても、
指摘してはいけないのだ。
なんせ、
場所の特定を巡って、ふたりの間が
気まずい雰囲気になる事は、間違いないのだから・・・
『んもう~だから!右だって言ってるでしょ!!!』