<八甲田山に樹氷を見に行こう>
テレビ番組の旅の企画は、即座に決まった。
イシマルの相棒は、コロッセオの鉄人
野村将希である。
(まさき)
さっそうと出かけた先は青森県、八甲田山
この山の名前を聞けばアノ映画を思い出す。
『天は我らを見放したか!』
北大路欣也さんが叫んでいた
<
八甲田山死の彷徨(ほうこう)>
さて、撮影隊がお昼に、山の中腹まで辿り着いた頃、
天候が急変した。
猛吹雪に襲われたのである。
今まで見た事が無い、凄まじい吹雪だ。
九州出身の役者二人は、
『俺達ゃ、嵐を呼ぶ男だぜぃ』
浮かれていた。
このあと、悲惨な運命が待っているとも知らずに・・
一時、標高1000mの中腹の温泉宿に非難した一行に、
次々と情報が入ってくる。
下山道に、乗用車がたくさんスタックしているらしい。
救出に
除雪車が向っているが、
除雪した端から、雪に埋もれ、遅々として救助が進まない。
地元の人の語る所に拠れば、これ程の吹雪は
この10数年見た事がない、と云う。
なんせ、30mの風と
メリケン粉をブチ撒けた様な雪だ。
隣の野村氏が・・静かになった。
「どったの?」
『明日の正午に、東京で
ライブショーがあるんだ。』
スワっ!おおごとだ!下山道が通れなければ、
当然帰れない。
何とかしなければ!
ギリギリの限界として、
八戸駅の明朝の始発の新幹線に
乗れなかったら、アウトだ。
飛行場はとっくに、クローズしている。
この雪では、高速道路も閉鎖だろう。
ヘリを呼ぼうにも、飛ぶ訳が無い。
それより何より、まずは
下山だ。
『スノージェットないですか?』
「無い。あったとしても、こんな
トンでもねえ夜誰も乗れん」
気が付けば、いつの間にか、夜が押し寄せて来ていた。
野村氏の顔面がコワ張りだす。
生本番のショーに穴を空ける痛みは、計り知れない。
(そうだ、無理を承知で、除雪車に乗せて貰おう)
立ち上がった刹那、宿の人の叫ぶ言葉が、信じられなかった。
「
除雪車が、雪で動けない!」
なんという矛盾したお言葉!
除雪車と云えば、雪の中で動くモノの王様だろ?
動かないって?どういう事?
それ程の雪って?
この夜、イシマルは追い詰められた人間の
<
鬼気迫る顔>というものを目の当たりに見た。
野村氏が、黙って着替えだしたのだ。
バックを荷造りし始め、ポツリ・・
『
歩く 』
え~~~~!
そこにいたガンクビが、揃えて言葉を呑んだ。
外は、除雪車が立ち往生している吹雪だ。
零下何度なんだ?
明治時代に、この山は、鍛え上げた陸軍兵士さえ、
彷徨させ
葬って来たのだぞ。
泣かない子さえ泣かせて黙らせる八甲田山なのだぞ。
気が触れたとしか思えない蛮行ではないのか。
『下からの救助隊が来ている地点まで降りればいいんだろ』
出て行った。
ほんとに歩いて行った。
あまりの
気迫に、地元の案内人が同行した。
さて、結果だけを言いましょう。
数時間後、イシマルの携帯に、静かな連絡があった。
『迷惑かけたな、着いたぞ』
今、都会に舞い戻り、改めて思い返すと、
あの・・宿から去り行く後姿に、聞こえて来るではないか!
TBSスポーツマンNO1実況、
初田アナウンサーの名調子が!
『数々の修羅場を乗り越えてきた、コロッセオの鉄人野村将希!
遥かいにしえより、多くの戦士を呑み込んで来た
この八甲田を、果たして、無事踏破出来るのか?
それとも、極寒の魔性の山に、さながら樹氷の如く
吸い込まれてしまうのか? 死に出の旅路に、
今 鉄人が挑む! 』