夕方、下町の軒先を歩いている。
民家の換気扇が回り、夕餉の臭いを運んでくる。
魚を焼く臭いだ。
その臭いが、魚の種類まで教えてくれる。
まず、生の魚に塩を振って焼いている事が分かる。
みりんや、味噌の臭いがしないからだ。
「おっ、この家は、
イワシだな」
イワシは分かりやすい。
ハラワタのちょっと
トゲトゲした苦味が、臭いに影響している。
脂がのっているイワシである事も分かる。
脂が火に落ちて、はじけ、必要以上に焦げている臭いだ。
「おっ、こっちの家は、
サンマだな」
サンマは分かり易い。
臭いに、
目が染みる成分が含まれている。
つい目をしばしばさせてしまう。
ほど良く焼け、ハラワタにに充分火がとおる頃になると、
しばしば感が薄くなり、その代わりに、甘い香りが漂ってくる。
肉汁のジューシーさとでも言うのかな。
「おほっ、こちらの家は、
サバだぁ~」
サバの場合は、ハラワタを焼かない。
そのせいか、刺激臭が出ない。
焼き始めの臭いは、比較的ぼんやりしている。
なんの魚か分からない事もある。
しかし、いったん火がサバの内部を炙りだすと、
強烈な旨みの臭いを放つ。
サバが持つ
独特の脂の臭いだ。
(この家のサバは、随分脂がのっているな、
きっと
ノルウエーものだな)
サバの産地まで、分かってしまう。
「ん?この家は何だろう?」
以外と難しいのが、
アジだ。
アジは焼かれても、あまり主張をしない。
それなりに、青魚である証拠の尖った臭いは出すものの、
微量である。
控えめな奴だ。
但し、尻尾や背びれなどが
焦げる臭いが強い。
『焦げてますよ!』
と主婦に注意をうながしているかの様な臭いだ。
「あれれ、この家は、関東では珍しく
タチウオを焼いてるな」
太刀魚と書く美しい魚だが、
焼き始めから、
あま~い臭いを出す。
みりんにでも漬けてあったかと誤解しそうな臭いだ。
でも、内部に火がとおり始めると、
腹の中の黒い成分が、
苦~い臭いを振りまき始める。
この苦さはオトナの味だな。
それにしても、臭いに、あまり脂を感じないのは、
尻尾に近い部分を焼いているのかな?
「んん?この家は、な、なんだろう?」
サバの臭いに、イワシが混じってるぞ。
いや、サンマも一緒に焼いてるのか?
なんだ?なんだ・・・?
はは~ん、魚焼きグリルをちゃんと
洗ってないな!
以前、焼いた後、ほおって置いたに違いない。
底の鉄板に溜まった、脂がごちゃ混ぜの臭いを出している。
さて、今夜の我が家の魚は何にしようかな・・
アジの頭