私は、バーのカウンターに座っている。
ちょいと気の利いたバーだ。
入るときのドアが、キ~と軋む音を聞かせてくれた。
一見、古めかしさを漂わせ、
実は、未来系の装飾を施している。
カウンターの中に、マスターがひとりだけ。
「スコッチをダブルで」
『かしこまりました』
ジャズ風のBGMにのせられて、
コースターが目の前に出される。
マスターのチョッキ姿を目で追いかけていると、
コトン
コースターの上に、スコッチが置かれた。
ふむ・・
(一口いくか)
煌く琥珀色のスコッチを口に運ぶ。
んん~~いいじゃないか。
コースターの上に、グラスを戻し、
この薄明かりの世界に、私は同化していく。
(おっ、曲がレゲエ風に変ったな)
グラスに右手を伸ばし、口元に近づける。
ん?
なんか、グラスの下にくっ付いている。
コースターだ。
コースターが、グラスに付着した水分を吸収し、
グラスに張り付いたのだ。
ベリッ
一端、コースターを左手でカウンターに戻し、グラスを傾ける。
暫くして、再びグラスを持ち上げる。
んん~まあた、
コースターが張り付いている。
ベリッ、ペチャッ
テーブルに戻す。
今、いい雰囲気なんだから、
張り付かないでくれるぅ。
毎回々々、
張り付かないでくれるぅ。
せっかく、おとなのダンディさを、必死で味わっているってのに、
ベリペチャはないだろう!
あのねぇ、右手でグラスを持ち、
左手はカウンターに、ヒジごと乗せておきたいのだ。
ヒジを乗せっ放しのダンディズムがあるのだ。
なのに、コースターの奴は、意地悪く張り付いてくるのだ。
そのたびに、左手で、ベリッと剥がさなくてはならない。
なんで、
コースターは張り付くんだろう。
君ねえ、張り付いたら、コースターとしての使命を
まっとうしていないんじゃないの!
「失礼しました」
マスターが、コースターを交換してくれる。
いえいえ、交換して頂くほどの事でも・・
そもそも、グラスにくっ付くコースターそのものに
責任がある訳だからして・・
コレまで、コースターがグラスに張り付いた回数と、
ポ~ンと放ったサンダルが、裏返った回数は
どちらが多いだろう?