新潟から、海岸線を北上すると、村上市がある。
そこから、船にのって、どんぶらこ。
一時間半ほどで、小さな島に上陸する。
<粟島>(
あわしま)
周囲20キロほどのこじんまりした静かな島だ。
ちょいと前、その島に行き当たりばったりで渡った。
島の南にある、漁港に着いた。
そう、ここは、
漁業の島だ。
ただ、夏の間だけ、民宿もやっている漁師の家がある。
その日は、夏だった。
「泊めてください」
『どうぞ』
めんどくささと無縁の島だ。
南の漁港から、北の漁港まで、山越えの道がある。
歩いて行った。
途中スコールに襲われた。
ざんざかスコールは、生えていたデカイ葉っぱでしのいだ。
北のささやかな漁港に辿り着く。
かわいい売店がある。
表に、浮き輪と魚捕り網をぶら下げている。
中で、トコロテンも食べられる。
その浮き輪の横にあるベンチにひとりの
おいちゃんが座っていた。
アリが大きくなった様な、真っ黒に日焼けしたおいちゃんだ。
年のころ、まもなく60歳ってとこだろうか・・
なにやら、ブツブツと文句を言っている。
「ああ~悔しいなあ~」
この日、折からの前線の通過で、天気はいいものの
風が強く、海が荒れているのだ。
波が高かったのだ。
そして、そのおいちゃんの方言の強いブツブツを
それなりに翻訳しながら聞いていると・・
どうも、こういう事らしい。
【おいちゃんは、今日
海水浴をしたかったのだ。
とても泳ぎたかったのだ。
ところが、波が荒くて海で泳げなくなってしまったのだ。
それが、辛いのだ。悔しいのだ。】
ふ~ん、そういうもんなのか。
見た所、おいちゃんは<漁師>である。
どう差し引いて見直しても、海関係の仕事に就いている。
しかも、この島出身であろう。
周りの人達の反応から推し量っても、
子供の頃から、この島、この浜で育ったに違いない。
どこか、遠くの都会から、久々に帰郷したとは、とても思えない。
・・あの黒さは。
すなわち、
夏の間、おいちゃんはこの浜で、泳ぎまくっている筈だ。
昨日も泳いだかもしれない。
一昨日も泳いだかもしれない。
だのに、今日、海水浴が出来ない不幸を嘆いているのだ。
「おら、悲しいだよお~」(無理やり方言)
泳げない恨みを、回りのみんなにブツケテいるのである。
確かに私にもそんな事があった。
あったが、あれは、40年以上も前の事である。
小学校の夏休みに、何かの事情で泳げなかったりすると、
悲しかった、駄々をこねた。
ブツブツ言った。
しかし、
粟島のおいちゃんは、本物のおいちゃんである。
不惑を遥かに超え、天命も知り、孫がいるオキナである。
そのおいちゃんの、尽きないブツブツを聞いている内に、
この島が、いっぺんで好きになってしまった。