茨城県の県北に、平潟(ひらかた)という温泉地がある。
そこの名産は<アンコウ鍋>だという。
以前から、アンコウ鍋に、秘かに想いを抱いていた私は、
先日、一念発起した。
ついに念願の<ほんもの>のアンコウ鍋を目指したのである。
何かの雑誌に、美味いアンコウ鍋を食べたければ、予約すべし~
と書いてあった気がして、電話を入れた。
優しそうな女将さんが、応対してくれ、予約は終了した・・
と、思いきや、
「アンコウ鍋のホウでよろしいんですね?」と仰る。
『え?、ホウって、他にあるんですか?』
「ええ、ドブ汁が」
『なんすか、ドブ汁?』
この地方では、昔から、アンコウは独特の食べ方をするらしい。
アンキモを、味噌仕立てのだし汁で溶き、
そこに、アンコウの身と、大根だけを入れて煮る。
それを、ドブ汁と呼ぶらしい。
食べ物とは思えない
勇気ある命名だ。
『アンコウ鍋とドブ汁はどう違うんですか?』
「アンコウ鍋は、野菜がいっぱい。ドブ汁は、
大根だけ」
『値段は?』
「ドブ汁の方が高いね」
『え~大根しか入ってないのにぃ~』
「そん代わり、アンキモの量が
たぁ~くさん」
『ドブ汁、お願いします』
さてさて、温泉浸かって、浴衣に着替え、
鍋のガスコンロに火が入る。
しばらくして、グツグツとお決まりの音だ。
フタを開ける、念願の時がやってきた。
ジャ~ン!
ふむ・・・確かに
ドブだ。
一瞬、長靴を履いてくるのを忘れたような気がした。
最近日本から、ドブと呼ばれる場所は激減しているが、
見たければ、今、目の前にある。
薄褐色の比重の重そうな、液体だ。
すくうお玉を、恐る恐る突っ込むと、紛れも無く、
ドブっと、潜り込んだ。
持ち上げると、離れ間際に、ドベっと音がした。
入れた小鉢から、一口ススってみる。
ジュルジュルジュル・・
ああああああああああ~
ううううううう~
うう
うまいぃいいいい~
濃厚さに、驚く。
濃厚日本一と唄っているラーメン屋なんて目じゃない。
中に入っているブツ切りの身は、スッポンに似ている。
似ているが、スッポンより、遥かにクセがない。
コラーゲンたっぷり系、ゼラチンごっそり系のお肉だ。
ジュルジュル、バクバク!
ひと鍋、完食。
そうか! ドブ汁の命名の秘密は、
見た目をそのまま呼んだだけではなかったのだ。
あまりの美味しさ故に、、
数少ないアンコウを食べ尽されないようにした、
北茨城の方の知恵だったのだ。
(とは、私の意見)