「サワラの刺身で皿なめろ」
魚屋 丸新の大将が、常々のたまうセリフだ。
それほど、
サワラの刺身が旨いと、
昔から伝わっているというのだ。
都会のスーパーでは、サワラ(鰆)は、刺身で売っていない。
西京漬けなどの焼き物として、魚コーナーに転がっている。
ロケ弁当に、控えめに入っている。
刺身で積極的に食べるのは、
広島や岡山などの、瀬戸内海沿岸である。
その辺りの飲み屋にふらりと入ると、
当たり前のように、<サワラの刺身>の貼り紙を
店内の壁で目にする事が出来る。
では、ほんとに、そんなに旨いのか?
食べてみようってんで、丸新で釣りたてのサワラを
仕入れた。
料理屋でもないくせに、
<仕入れた>もないだろうと叱られそうだが、
サワラの釣りたての魚体は、美しい。
青サカナ独特の、凛とした姿勢に、仕入れた側が、
つい、
背筋を正してしまう。
そう、
背筋だ!
サワラと云う魚は、背筋がピンと伸びている。
どの魚より、伸びている。
考えてみると、
タイに始まり、魚は、おおむね、<
猫背>である。
アジもイワシもメバルも、みんな猫背だ。
サバ様でさえ、立派な猫背だ。
むしろ、猫背が進むほど、体高が高いなどと言って褒められる。
フナなどは、全日本サカナ猫背選手権で優勝したこともある。
(らしい)
なのに、サワラは、魚界の猫背を脱却したのだ。
幼少の頃、背中にモノサシを突っ込まれたのだろうか?
(私は突っ込まれた)
ただし、一日経ったサワラの体表は、カサカサに乾いて、
非常にみすぼらしい。
一週間ほど、捨て置かれた魚に見える。
そうだった、肝腎の、刺身だ。
初めてサワラの刺身を食べた人は、まず驚く。
その身の、柔らかさ・・に
「おっいい歯ごたえだねぇ!」
と、歯ごたえを、魚の旨味にしたがる
江戸っ子の大工の棟梁に言わせると、
「ホニャホニャと小娘じゃあるまいし、シャキっとしやがれ!」
てぇことに相成る。
すなわち刺身の旨さの大部分を占めるであろう、<歯ごたえ>を
はなから、放棄しているのである。
ポリデントがうまくいかなかった入れ歯の方でも、
充分堪能できる柔らかさを、保っている。
猫背でもない、歯ごたえもない、みすぼらしい、
の三重苦を背負ってもなお、サワラは生き延びているのである。
その、あまりの刺身の旨さゆえに・・・