ついにやった。
かねてより積年の想い、
ヒラメ釣りをしたかった。
食べて美味しい高級魚のヒラメである。
その釣りに出かけたのである。
今は亡き、俳優の岡田英次さんが、
あるロケ現場で嘆いておられた。
「きのう、ヒラメ釣りに行ってね。又、
坊主だったんだよ」
一匹も釣れなかったと、告白しているのだ。
「コレで、20回連続、
坊主だよ」
そんなに難しい釣りなのだろうか?
そんなに釣れないものなのだろうか?
冷たい北風を首筋に受け、向かったのは、茨城県日立久慈漁港。
14人のヒラメファンを乗せて、
遊漁船は太平洋をアメリカに向かって走る。
失礼、アメリカの方角に30分だけ走る。
にわかヒラメファンの私、まったく初めてのヒラメ釣りである。
船長から、エサの付け方から、釣り方まで、
細かくレクチャーされる。
周りを見回すと、常連らしい皆さんの額に、
ヒラメ一筋の深いシワが刻まれている。
始まって間もなく大のベテランとおぼしき先輩が、
オオブリな一匹を釣りあげた。
「ほお~・・」溜息が漏れる。
そのあとがいけなかった。
船中が、静かになった。
海中から、何も揚がってこない。
何も釣れない。
朝6時に始めた釣りが、もうすでに、終了の1時に近づいている。
誰もが、もはやこれまで・・と諦めかけたその時、
アレレ?アレレ?
私の竿が
グニャリと曲がった。
13人の視線がグニャリに集まる。
「慌てんなよぉ」「ゆっくり巻きなぁ」
「慎重になぁ」 声がかかる。
非常に慌てて、急いで巻いた私のグニャリの先の海中から、
肌色の腹を見せて、そいつは浮いてきた。
船長のタモに収まったそいつは、私にとって
初めてのヒラメ君なのだ。
誰も船上に居なければ、ダンスを踊りたい気分なのだ。
大声で、ヒラメ君の歌を唄いたいのだ。
絵に描いたようなビギナーズラックの男に
12人の羨望と妬みの視線がまとわりつき、
遊漁船は、アメリカに背を向けたのであった。