車の助手席に座っている。
前方に面白い看板を発見した。
「アレ、見て!」
っと右手を伸ばし、人差し指で指差す。
っと、<指差す>の指さ・・辺りで、
人差し指がガツ~ンと、フロントガラスに
ぶつかるのだ。
指がグキっと曲がる。
もの凄く痛い。
爪が剥がれたかと、指先を確かめてしまう。
《ガラスに指をぶつける》
昔から、私が頻繁にやる行為である。
フロントガラスの頻度は高い。
他にも、窓ガラス、ショーウインドーのガラスなど、
様々なガラスが、どうも
見えていないらしいのだ。
時折、窓にハトがブツかって、ピクピク痙攣しているが、
あの行為と五十歩百歩である。
いや、見えてはいるのだが、頭から消えてしまっているのだ。
それより、
何かを発見した興奮が優先していると思われる。
「アレ見て!」
アレを早く知らせたい興奮が、ガラスを消してしまう。
こればっかりは、なかなか学習し難い課題であるようだ。
ガツ~ン!とあれほど痛めているにも拘わらず、
しばらくすると、同じ過ちを犯してしまう。
ガツ~ン!
ただし、少しだけ学習していると見えて、
人差し指の爪だけは、短く切り揃えられている。
えらいな・・
以前、一度だけ、これを
鏡でやった事があった。
芝居の楽屋での顛末だ。
私が鏡前のテーブルに、かがみ込んで、台本を読んでいると、
隣に座っていた作演出家(後藤ひろひと氏)が
「はい、コレなぁ~んだ?」
っと、カズーと云う楽器を差し出したのだ。
台本に没頭していた、けな気な役者イシマルは、
とっさに、手を伸ばしたのだ。
しかし、その方角には、
後藤氏がカズーを持っている虚像があるだけなのだった。
ガツーン!
鏡に向かって伸ばした私の指はグニャリと曲がった。
恐らく、後藤氏は私の事を、内心軽蔑したものと思われる。
その事があってから、後藤氏は私にだけ、
ゆっくりと喋るようになった。
おまけに、年上の私に対する
敬語が無くなったのも・・
その頃である。