昨日まで、北京を訪れた話を、さんざんお話しした。
実はもう一つ、話そうか、話すまいか迷っていた話がある。
「え~イシマルさん、いったい何日北京にいたんですか?」
『って、3日だよ。それも、二日は撮影所とホテルの往復だけ。
自由時間は一日しかなかった。私の一日は長いかんね。
私と一日行動したら、ハプニングやら事件やらの連続で
ホウホウ逃げ出す羽目に陥るよ。』
「まだ北京の話ですかあ~?」
『まだって、まだ半分も話してないのに・・
よし分かった、当人の人権を配慮して、
話すまいと思っていた、あの話で終わりにしよう』
~~~ ~~~ ~~~
紫禁城を抜けて、裏門を出た私である。
これから、ある場所に行きたいのだが、タクシーに乗れば、
10元(160円)の距離だ。
それじゃ面白くない。
辺りを見回すと、タクシーがズラリと並んでいる。
その片隅に、妖しい人影がうごめいているのが見えた。
(きっと、ぼったくり連中だろう)
と、ピ~ンときた私は、自らその
怪しいヤツに近づいていった。
ど素人の観光客を演じていた。
キョロキョロ、オロオロ・・
疑似餌に引っ掛かった彼が近づいて来た。
(以下、セリフは多分そうだろう言葉である)
「どこ行くのですか?(英語)」
『~~~』
「私が連れて行ってあげます。小さな車でネ(英語)」
『humhum』
「乗りますネ、OK?」
『humhum』
英語を駆使する彼に連れられ、私はどんどん歩かされた。
5分も歩いた所に現れたのは、
自転車の後ろに荷台をくっ付けた三輪車だ。
コレに乗れという。彼が漕いで案内するという。
(ほお・・
ぼったくられるのを承知で乗ってみるか・・)
ギ~コ、ギ~コ漕ぎ出した先にあるのは、
フートンの町並みだ。
昔ながらの家々が連なっている。
車で入れない小路を、三輪車が進んでゆく。
彼は漕ぎながら、ず~と解説を続ける。
「こちらの家の入り口の階段には意味がある・・」
『humhum』
「あの窓は、綺麗に磨かれている・・」
『humhum』
「今通り過ぎたヤツは悪い奴だ・・」
『humhum』
何を言われても、私はhumhumしか言わない。
実は、何を言われているのか、ほとんど解らない。
解ったフリをしているだけなのだ。
時折、ホントに解ったのか?という様な表情で聞いてくる。
そんな時は、手を変える。
『oh,of,course』(もちろん)
頷いている私の顔面の表情はイギリス人のそれだ。
ジェームスボンドだと言ってもいい。
そんなこんなで、小一時間が過ぎた。
「ここが目的地だ」
『センキュ、ハウマッチ?』
「720元(14000円)」
ここで、驚いてはいけない。
タクシーだと、160円で来れる場所に、
例え人力車で来たからと言って14000円はないだろう・・と
喧嘩を売ってもしょうがない。
最初から、
ぼられるのは承知の助だ。
『ああ~~今お金出すから待ってね。え~といくらだって?』
ポケットから大きな財布を取り出し、
グチャグチャの紙幣を取り出す。
1元札だの5元札だのがゴロゴロ出てくる。
『ハウマッチ?』
「720元」
ああ、あったあった、72元。
途端に彼の目が据わる。
本気モードの顔つきになる。
ああ、チップね、財布の隅にあったコインを幾つかプラスする。
糸のように細くなった彼の目が、やには、かっと開き、
「払わないなら、ポリスに連れて行く」という。
『oh,ポリース、プリーズ』
その途端、彼は、急に紳士になった。
そして、パウチッコしてある、
人力車連盟の証明書を見せてくれた。
720元という、金額まで明記してある。
『oh、720元?72元じゃないのね。それは悪かった』
「じゃ、払って下さい」
『私、お金ないのよ。ごめんね、でもさ、
あなたの自転車漕いだ頑張りを祝して
靴下に隠してある50元札をアゲルからさ、勘弁して』
かくして、122元(2000円)の出費で、
彼と握手をして別れたのであった。
っと、その私の後姿に、彼の声が振ってくる。
「もう一方の靴下の中を見せろよ!」
脱兎の如く走り出した私は、サスケマンだった。