飲み屋にふらりと入る。
よく入る。
時折たまに、
暖簾をくぐった瞬間に、アレっ、
客居ないな・・という店がある。
白い割烹着を着た主人だけが、カウンターの向こうにいる。
入った体面、しょうがなくカウンターの椅子に座る。
店構えは地味だ。
映画で、
田中邦衛さんが飲んでいるっと思って頂いていい店だ。
和風なのに、なぜか、アチャラの軽音楽がかかっている。
「ビールください」
『あい』
しばらくする。
「ヤッコください」
『あい』
主人と私、いずれも声が小さい。
ゴトン・・ビールが出てくる。
お互い、声はない。
ヤッコが出てくる。
声はない。
「お酒をヒヤで」
『あい』
トントントントン、カウンターの中で何かを刻んでいる。
明日の仕込みかもしれない。
あるいは、何も刻んでいないのかもしれない。
何かしているフリをしているのかもしれない。
ゴトン・・ヒヤ酒が出てくる。
声はない。
すでに、30分以上経過しているのに、
店の中で聞いた日本語は、『あい』だけだ。
私は、どちらかと云うと、飲み屋では喋らない主人が好きだ。
寡黙さを求めている。
でも、この店の寡黙さは、いったいどうしたものか・・
ちょっと、ひねってみた。
「何か、お奨め、あります・・」
『あい』
コトン・・お奨めの刺身が出てきた。
描くに描けないほどの、静かな時間が過ぎてゆく。
誰も店に入って来ない時間が過ぎてゆく。
やがて・・2時間という、二人だけの時間が過ぎた。
「お勘定を・・」
『あい』
『五千円です』
「
あい!」