「ねえねえ、あの銅像って何て言いましたっけ?」
訊いているのは、俳優の卵(以下卵)の二人だ。
その日、その二人と私は、飲み屋にいた。
はやっていない飲み屋だった。
私達の隣のテーブルに一人のオジサンが、
日本酒をチビリとやっているだけだった。
卵 「学校の校庭にあって、薪を担いで本を呼んでいる
アレって?」
イシマル『ああ・・え~とぉ~・・』
卵 「二ノ宮なんとかでしたよね・・」
イシマル『そうそう・・』
卵 「二ノ宮・・けんじろう!」
イシマル『それは、俺の名前』
卵 「二ノ宮ぁ~き・き・きんたろう?」
イシマル『う~ん、そんなだったな・・』
卵 「二ノ宮ぁ、きんのすけ・・?」
イシマル『似てるなぁ・・』
卵 「ああ~解ったぁ、石川啄木!」
イシマル『離れた』
卵 「じゃあ、宮沢賢治!」
イシマル『もっと離れた』
卵 「じゃあ、二ノ宮尊徳」
イシマル『それ、当たってる・・でもその幼名だよ』
卵 「二ノ宮ぁ~きんごろう」
イシマル『違う』
卵 「にのみやぁ~きん○ま」
その時だ、隣の席で日本酒をチビリとやっていたオジサンが、
ガバと立ち上がった。
振り返った顔が、秋の夕陽の如く真っ赤に染まっている。
オジサン「貴様らあああ!ふざけるのもイイカゲンにしろ!」
三人 『・・・・』
オジサン「きぃんじぃろうだろうがよぅ!金次郎!
にのみやきんじろう!二宮金次郎!
二宮金次郎を知らんのか!
許せん、それは許せん!
女将、勘定!
馬鹿にするのもイイカゲンにしろ!」
ジャランっ!
お代をテーブルに叩き付け去っていった。
確かに、我々三人は、あの銅像の名前がとっさに出なかった。
卵はいざ知らず、銅像に育てられた私までもが、
名前が出なかった。
銅像のマネをして、薪を背負って遊んでいた(本は読まなかった)
私までが、名前をスラスラと言えなかった。
原因は何だろう?
そうか・・
長い間、その名前を口にしていなかったんだナ。
イメージでしか思い出さず、
名前をはっきり口に出していなかったんだナ。
人間、口に出さないと、忘れるものなんだナ。
手塚おさむの漫画<火の鳥未来編>で、主人公が遠い将来、
自分の名前を忘れているシーンがある。
そうなのだ、自分の名前すら忘れてしまうらしい。
はい、あなた!
最近自分の名前をフルネームで口にしました?