石丸謙二郎
2024-03-19T05:30:14+09:00
ishimaru_ken
石丸謙二郎
Excite Blog
耐久高校 甲子園へ
http://ishimaruk.exblog.jp/30858661/
2024-03-19T05:30:00+09:00
2024-03-19T05:30:14+09:00
2024-03-18T08:37:36+09:00
ishimaru_ken
昔々おバカな話
耐久高校野球部が甲子園へ。
明日3月20日14時からの第三試合目に登場する。
初の選出である。
なぜ、わざわざこの情報を載っけているのか?
遡ること20年ほど前、和歌山県の道路をテレビ番組の
ロケ車で走っていた。
ロケ帰りだったので、ぼんやり窓の外を眺めていると、
ある文字がビルの壁に書かれてあった。
〈耐久高校〉
驚き、びっくりし、家に帰るなり、
その頃から始めていたこのコーナーに謙の発見として、
お話しを書いた。
《耐久高校〉2006年4月5日
すると、しばらくして――
「こんなけしからん事を書いている輩がいるゾ!」
お叱りをいただいた。
さあ、その後である。
《稲村の火》という津波の実話がある。
和歌山県の醤油屋のご当主《浜口儀兵衛》氏が、
津波から村人を救う実際の話しである。
この儀兵衛役をドラマ「仁(じん)」の中で演じていた私を、
津波防災のシンポジウムに呼んでいただいた。
その壇上に居た所、
「アイツじゃないか、我らの高校をバカにしたのは!」
会場で声があがった。
我らの高校とは、儀兵衛氏が耐久高校の創始者だったのだ。
とっさに、「その通りでございます」
と深々と頭を下げた。
しかしながら、それよりずっと前に私は、
和歌山まで出かけていたのである。
《耐久高校へ行こう」 2014年5月18日
かくして、おバカな話は終わるハズだった。
ところが、かの耐久高校がついに甲子園に出場するのである。
そこで、最初に調べたのは、他の出場校に、
「キュウ」の付く高校がないかと云うことだった。
結果は残念ながらない。
それでも、構わない。
私は全霊で応援する。
そして、校歌を熱唱してみたい。
(9階の裏、9対9になるかどうかは、神のみぞ知る)
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山は泊まってみなけりゃ分からない
http://ishimaruk.exblog.jp/30854781/
2024-03-18T05:44:00+09:00
2024-03-18T05:44:04+09:00
2024-03-15T08:08:02+09:00
ishimaru_ken
その他
《山は泊まってみなけりゃ分からない》
石丸謙二郎著
敬文舎 3月25日発行
「みなわかシリーズ」第五弾となる。
~みなけりゃ分からないと題名がうたれたシリーズだ。
今回は、第一弾の《山は登ってみなけりゃ分からない》
に続き、「山」の話に特化してみた。
それも、「山中に泊まる」をテーマに、語った。
アナタは山の中で泊まったことがあるだろうか?
それは、テントであり、山小屋であり、キャンプであったりする。
季節も春夏秋冬いつでもあり、さまざまな泊まり方がある。
私の本はノウハウは語っていない。
基本的に、おかしなお話ばかり。
友人のツッシーによれば、
「読む漫画ですネ」となる。
ふざけている訳でもなく、真面目に書いているつもりなのだが、
いつのまにか、おかしな話に終始しているらしい。
今回は、俳優の小林綾子さんに、末尾を結んでいただいた。
表紙の帯に写真まで乗っけてくださった。
おかげで「彼女が本を出版した」のだと、誤解まで生んだ。
小林さんも、山登り大好きなので、
誤解すら喜んでいただけるだろう。
今の時代、ネットで本を買うのが主流かもしれない。
ネット検索の際、《けいぶんしゃ》は、敬文舎です。
啓文社ではありません、あしからず。
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新幹線 延伸
http://ishimaruk.exblog.jp/30854778/
2024-03-17T06:01:00+09:00
2024-03-17T06:02:23+09:00
2024-03-15T08:03:43+09:00
ishimaru_ken
その他
「北陸新幹線が延伸した」
ん・・・《延伸》?
延はのびる、伸ものびる。
のびてのびて届いたという意味だと理解する。
長い間待ち続けた感が、いやが応でも伝わってくる。
これまで、こういう場合の漢字としては、
《延長》が使われていたような気がする。
この漢字では、ガバッと伸びた感じを受ける。
それを、《延伸》となると、
ジリジリと伸びた感覚を受ける。
実際、富山あたりから、ジリジリと毎年毎年、
少しづつ伸びてきた感がある。
数年に一回、どこかの駅でクスダマが割られていた。
さらに言えば、《延長》では、「ここでお終い」の響きがある。
《延伸》と言えば、「まだまだこの先~」との意気込みすら感じる。
「この先」とは、
山陰の兵庫から鳥取、島根、山口に至る、海岸沿い。
真冬の雪降る地帯を通過せねばならず、
様々な課題があるだろう。
しかしながら敷設が遅れた分、技術力は増したハズ。
「そうだ、白山に登ろう!」
都心から、3時間かからずに福井駅に着く。
最短一泊二日で、白山登山ができる。
2泊すれば、アチコチ回れる。
山小屋が開くのは、5月の声を聞かねばならない。
それでも素泊まりだ。
本格的オープンは、7月となるだろう。
白山は、高山の花の山と言われる。
知識としては良く知っているつもりだが、
実際行ってみると、山は登ってみなけりゃ分からない。
その上、山は泊まってみなけりゃ分からない。
そうだ、私の新しい本が発売開始となった。
その名も、
《山は泊まってみなけりゃ分からない》 啓文舎
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東西南北の初期設定
http://ishimaruk.exblog.jp/30850622/
2024-03-16T05:28:00+09:00
2024-03-16T05:28:03+09:00
2024-03-12T08:29:43+09:00
ishimaru_ken
昔々おバカな話
~~~昨日のつづき~~~
《東西南北が分かる能力》
などと訳の分からない話をしたのだが、
そのチカラが発揮されない街がある。
《大阪》
それも梅田。
45年前から、梅田の街には何度も訪れている。
先月も、《奇人たちの朗読会》の舞台公演で、おもむいた。
公演後、夜の街に繰り出すのだが、
方向感覚がデタラメになっている自分がいる。
地下街に入ると、いま自分が東西南北の、
どっち向き歩いているのか理解できていない。
山の中では曇っていても、それが分かるのに、
なぜか梅田では、おかしくなる。
なにか私を幻惑する妨害電波でも出ているのだろうか?
ここで、パソコンを例にして考えてみよう。
アナタがパソコンを買うと、最初に初期設定をする。
パソコンとは縮めた呼び方なので、引き延ばすと、
《パーソナルコンピュータ》となる。
つまり、個人設定である。
アナタの方向性を最初にきちんと定めないと、
迷走する可能性がある。
言い換えれば、上下左右前後の感覚をパソコンに覚えさせる。
それと同じ事が、旅をして知らない街に行った時におこる。
最初にその街に着いた瞬間に、
私の中のナビゲーションシステムが動き出す。
「こっちが北」
無意識の方角を身体が覚える。
ところが――
どうやら、45年前に初めて梅田に着いた時、
私のナビが、180度、逆に働いてしまった。
「コッチが北」と感じた時、じつはその方角は、
《南》だったのである。
夜だったセイなのか、疲れてぼんやりしていたセイなのか、
それとも誰かに「こっちが北」と指さされて強引に信じたか、
その日だけ、梅田の地で逆転現象がおきた。
その方角を信じたまま、ひと晩過ごしたようだ。
この《刷り込み》が、パソコンにおける初期設定となった。
パソコンならば、初期に書き直せば、なんとかなるが、
人間の場合、そう簡単ではない。
その後、何度も訪ねる度に、
《間違った方角情報》を信じたままに動き歩いていた。
刷り込みを重ねたのである。
いまでは、「それは違うよ」と訂正を脳みそに送るのだが、
いったん決まった方角情報は覆らない。
私の中で、そんな街は梅田しかない。
面白いのは、夜がふけてから新幹線で新大阪駅に着き、
いざ梅田の街に向かう際、自分に言い聞かせる。
「いいかい、コッチが北だヨ」
言い聞かせ続けて梅田の駅で降り、
地下街だの街の中を歩いている。
ふと、ほかのことに気をとられていると、突然、
世の中がグルリと反転するかのように、まわるのである。
《めまい》にも似たこの現象は、うまく説明しにくい。
「アンタがさっきから呟いている《北》は《南》だよ」
とばかりに、間違ったナビが逆転作業をする。
まるで地球がグルリと回る感覚に近い。
カーナビでヘアピンカーブを走っているとき、
距離値を最大にして、
日本列島全体が見えるように設定すると、
ハンドルを回せば、日本列島がグルグル回る。
あれに似ていなくもない。
45年の誤解を解くのはむつかしい。
困ったもんである。
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東西南北が分かる能力は
http://ishimaruk.exblog.jp/30850619/
2024-03-15T05:25:00+09:00
2024-03-15T05:25:03+09:00
2024-03-12T08:27:06+09:00
ishimaru_ken
謙の発見!
昨日の、《わけの分からん能力》はいつ備わったのか?
東西南北の方向感覚は、いつでも備わっているのか?
・地下でも発揮できるのか?
・目隠しをして連れていかれても分かるのか?
・眠って起きた時でも分かるのか?
のか?と自分で問うてみたのだが、
検証してみた事がないので、よく分からない。
先日の志賀高原スキー場で発揮されたように、
困った時に、湧き出るように発揮されるのは確かである。
では、いつどうやって、その能力が備わったのか?
ひょっとすると――
私は、子供の頃から、引っ越しに明け暮れていた。
父親の職業の為に、1年に1度転勤をさせられた。
家族は、新しい地に行くと、まず会社が指定した社宅に入る。
父親はソコが気に入らない。
戦争で苦しんだ分、なにか楽しいことをしたがっている。
ひと月の間に、家を探してくる。
すぐに引っ越す。
つまり1年に2回の引っ越しとなる。
けんじろう君は、その地に住み始めると、
春休みに町を歩きだす。
デタラメに歩き回り、なんとなく家に帰ってくる。
やがて4月の学校が始まるのだが、その前の3日間で、
ほぼ町の全容を把握していたフシがある。
したがって、どこかに連れていかれて、ポトンと降ろされても、
自力で帰ってくるのである。
歩く伝書鳩となっている。
鳩のように、目隠しされても帰ることができるかと問われると、
たぶん、無理だと思われる。(検証はしていない)
このような引っ越しを続けて、17才で東京に出てくるまで、
大分県内の、23の家に住んでいる。
東京はさすがに広く、なんとなくの把握にひと月かかった。
しかし、35才の時初めて訪ねたニューヨークの街は、
碁盤の目のようになっているので、
3日でどこでも行けるようになった。
っと、ここまでは、その能力(のうりょくと言えるならば)が、
どうやって備わったのかのヒントかもしれない動きを述べた。
実は、私には1歳違いの兄がおり、同様な幼少期を過ごしている。
ある日、この能力について質問してみた。
「どこからでも戻って来られるかな?」
「うん、たいがい大丈夫だな」
返事は短かった。
やはり後天的な授かり方をしたことが証明された。
弟の私は、さらに山にも登っているので、
この方向感覚が顕著に磨かれた。
日本中の町々も歩き回っているので、さらに鋭くなる。
特に、初めて訪ねた町では、敏感に針がふれる。
ところが――
ある街では、いまだにこのチカラが発揮されないのである。
その話は、明日してみよう。
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わけの分からん能力
http://ishimaruk.exblog.jp/30849260/
2024-03-14T05:50:00+09:00
2024-03-14T05:50:13+09:00
2024-03-11T08:52:27+09:00
ishimaru_ken
スポーツ
~~~昨日からのつづき~~~
《ある能力》とは・・・?
志賀高原スキー場が突然、ガスに包まれた。
その時、夕暮れが近づいていた。
すると、真っ白ではなく、グレーとなる。
仲間とふたりで滑っていたのだが、10m離れると、
相手が見えなくなる。
上下に位置し、私が先頭でソロソロと滑り降りる。
真下方向は、雪面の傾斜で分かる。
・・・分かるものの、何も見えない。
コースの両端から飛び出さないように、慎重にターンする。
樹木が現れないか目をこらす。
ときおり、振り返り、仲間がついてきているか確認する。
雪面のデコボコがまったく見えないので、カンで滑る。
さて我々は、宿の目の前のコースの隣りの、
さらに隣り(むかい)のスキー場にいる(ハズ)。
ここから戻るには、リフトで一度高度をかせぎ、
滑り降り、もう一度リフトで高度をかせぎ、
そこから、トラバース気味に斜めに、
コースを横断していかねばならないハズ。
リフトには乗った。
いずれにしても初めてのコースである。
方向性すら分からない。
下るのは理解していても、東西南北どっちの方角かすら分からない。
――と思われた。
思ったのは、仲間である。
ところが――
私には、なぜか方角が分かるのである。
この日、一日中走り回っていたのだが、
自分がどこからどこへ行っているのか常に把握していた。
たとえ、曇りとなっても、ガスが出ても東西南北が分かった。
(なぜ分かるのかは、うまく説明できない)
夕方のホワイトアウトの時間帯、地図を見たとしても、
そこには、書かれていない帰り道をどうやって見つけるのか?
10m先がぼんやりしているガスの中、
どのリフトを乗り継ぐのか?
前日に、見ていた地図を180度ひっくり返された私であるが、
地図すら見ずに、はたしてホテルに戻ることができるのか?
不思議なのです。
私の身体か頭にあるナビが、方角を定めてくれるのです。
「もうちょい右、すこし左、ここは真っすぐ、あのリフトに乗れ」
空間的には、およそ2キロほどの移動をなんなくやり遂げた。
結果として、最短距離を走り、見覚えのある風景に戻ってきた。
感想は、
「ふ~~ん」である。
いまに始まったことではない、自慢にもできない、
《わけの分からん感想》にすぎない。 最盛期には、スノーモンスター
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スキー場を伝わり滑る
http://ishimaruk.exblog.jp/30849242/
2024-03-13T05:41:00+09:00
2024-03-13T05:41:03+09:00
2024-03-11T08:43:16+09:00
ishimaru_ken
スポーツ
「全部、回れるだろうか?」
全部とは、志賀高原スキー場のすべてのコースである。
そこには、7つのスキー場が軒を連ねている。
《軒を連ねる》とは、とんでもない飛躍した言い方だが、
そう言いたくなるほどの大量のスキー場が、
仲良く隣同士で暮らしている。
スキー場というモノは、リフトとコースが同居している。
リフトで高度をあげれば、
コースは、滑り降りて高度を下げる。
上がったり下がったりを繰り返すのだが、
隣のコースに行くには、リフトの世話になるしかない。
ひとつのスキー場では、この繋がりをうまい具合に設定している。
常に、下りだけで、すべてのコースに行けるように造られている。
ところが、スキー場同志がある日合体すると、
「そんなことは考えてなかったワイ」
と、どこかで高低差に不具合が生じる。
A地点からB地点は下りだが、逆は登りとなる。
それでも何とかするのが、スキー場の経営者たち。
しかしながら、7つものスキー場が合体すると、さすがに、
無理難題のパズルが発生する。
どうしても、どこかで齟齬が生じ、ノルディックスキーのように、
スキー板をハの字にして、エイヤコラと、
懸命に登る場所が出来てしまう。
ハの字ならまだしも、平行にして一歩一歩横に登る時もある。
いやいや、板を外して、ツボ足(スキー靴)で歩くことも多々。
「ハァハァハァハァ~」
息はあがるは、汗ビショになるは――
《わたしをスキーに連れて行って》どころではない。
「わたしを下りだけで滑らせて!」
この迷路のような上下パズルをナゾ解いていた時に、
私の《ある能力》を発見したのである。
その能力とは?
とか言ってる内に、霧が出てきた。
な~んも見えなくなった!
困った・・・宿に帰れないじゃないか!
そう、その時に私の驚きの能力が発揮されたのである!
えっ、それは明日って?
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志賀高原スキー場の地図
http://ishimaruk.exblog.jp/30847936/
2024-03-12T05:44:00+09:00
2024-03-12T05:44:02+09:00
2024-03-10T07:06:43+09:00
ishimaru_ken
スポーツ
~~~昨日のつづき~~~
日本のスキー場の地図というものは、あくまで簡易地図である。
通常の地図になくてはならない東西南北の方向性は無視される。
距離も、完全に無視される。
立体性など、ハナから考えていない。
大切なのは、リフトの番号であり、
「どこ」から「どこ」へスキー客を運ぶのかがすべてである。
スキー場の地図は、江戸時代の鳥観図に似てなくもない。
中国の水墨画に色をつけたとも言えよう。
いくらなんでもソレは言い過ぎだろうと言う方には、ぜひ、
スキー場の地図を見て、一日を過ごしていただきたい。
特に、志賀高原スキー場の地図を、にらんで頂きたい。
この地図を広げて、まず、
「コレは地図ですか?」という疑問を抱くべきである。
スキーという競技を知らない人には、
いったい何が描かれてあるのか、まったく見当がつかない。
わたくしは、子供の頃から地図が好きで、地図には詳しい。
そのわたくしが、
志賀高原スキー場の地図ペーパーを、
両手でひろげて暫く眺めていたら、
同行の友人に、横からその地図をガッシと掴まれ、
グルリと180度回転させられた。
上下逆さまだったのである。
さっこん、テレビのコントでもこれはやらない。
50年前のドリフのコントでも、カトちゃんはやらなかった。
コントまがいの事が起きるほど、
地図に書きづらい広大な地域が網羅されている。
山の形が描かれてあるので、なんとか上下を確かめる。
小さな□の中に、数字が書かれてある。
どうやら、リフトの番号らしい。
38というのがあるという事は、38本は最低リフトがあると、
告げている。
いや、そんな数字では済まされない数字がアチコチにある。
ロープウエイのゴンドラの絵も描いてある。
これは、箱型のゴンドラで、最も下から、最も上まで、
数人の人たちを一気に運び上げる。
密室なので寒くない。
いや、むしろ暑い。
良いことに、天窓やサイド窓を手動で開けられる。
ゴンドラの一台に、ひとり用があった。
スキーを外して乗り込むと自動で扉が閉まる。
前方向けに座る。
ヘルメットを脱ぎ、上着を脱ぎ、窓をあけリラックス。
地図を取り出し、自分が今どこにいるのか把握してみる。
声に出して、地図探索を開始する。
「え~~と、いま滑り終わったのが、《奥志賀》のこれ!
ということは、このゴンドラは~~」
どんどん高度があがり、周りの景色が青空のなかに浮かび上がる。
気持ちが高揚し、歌が出る。
「♪ダ~ンス、オ~ルナ~イ~♪」
《朝まで踊ろう》を声高らかに、超インチキ英語で歌う。
手振り身振りで、指揮者よろしく上半身ダンスもする。
揺すっている訳ではないが、やや揺れる。
大きな声で、オードリーヘップバーンのセリフを喋ったりする。
やがて、5~7分ほどで、頂上駅に着いた。
身支度を整えて降りようとしたら、背後で音がする。
振り返ると――
通常のゴンドラは、イスが向かい合うように設置され、
4~6人が座る仕組みになっている。
ところが、このゴンドラは、真ん中にイスが背もたれを接するように、
設置されており、前方を眺める人と、
後方を眺める人が背中合わせに座る仕組みだった。
エッ! 居たんだ!
もう一人、男の人が乗っていたんだ!
それも、頭と頭が30センチと離れていない空間配置で!
歌を聞かれた!
踊りを見られた!
セリフを聞かれた!
他に、なにかしなかったかな?
ものすごく恥ずかしい。
が、しかし、降りる時は、ヘルメットにゴーグルにマスクという、
完全防備なので、誰が誰だか分からない。
分からないのだが、あの方はどんな気持ちで、
ゴンドラ内にいたのだろう?
超のつくインチキ英語歌を聞かされる気分はいかがだったか?
彼にしてみれば、もうひとり客が乗っていることが、
分かっている空間で、好き放題にふるまうおかしな男――
「♪~このゴンドラには、窓はないのぉ~♪」
ひとりミュージカルをする男。
マイフェアレディを歌っていたと思えば、
クレジーキャッツの歌にとび、
交響曲ジュピターをデタラメに口演奏したかと思えば、
なんか聞いたことがあるピアノの曲を口三味線。
きっと、彼は、2時間ドラマ《ゴンドラ内殺人事件》の予感に、
震えていたのではないだろうか? 志賀高原スキー場 地図
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志賀高原スキー場へ
http://ishimaruk.exblog.jp/30847934/
2024-03-11T05:39:00+09:00
2024-03-11T05:39:03+09:00
2024-03-10T07:03:40+09:00
ishimaru_ken
スポーツ
「イシマルさんなら、志賀高原スキー場に行けばいいですよ」
スキー場で、一日中、走り回っている私を見て、
(滑りまくるではなく、走りまくる)わたしを見て、
スキー仲間が声をあげる。
「志賀高原スキー場に行きましょうヨ」
「?」
「志賀です」
「?」
ポカンと口を開けている私を見て、仲間が――
「志賀スキー場を知らないんですか?」
「うん」
「え~~~~~~!」
スキーをやっている人なら誰で知っているらしい。
10年もスキーをやっていて、行ったことがないのならともかく、
知りもしないと云うのは信じられないと、仲間に肩をすくめられる。
「野球をやっている高校生が、
甲子園を知らないのと同じですよ!」
なんとなく場所を聞いて、
「横手山なら52年前に真夏にリフトに乗った覚えがあるヨ」
「だからぁ~その一帯にスキー場が沢山あるんです」
話を聞いてみると、相当な数のスキー場が集まって、
ひとつの複合体を形作っているらしい。
すべてのコースを回るのは、一日では無理だと指摘された。
この10年間に訪ねたスキー場を思い返してみると、
ひとつのスキー場に、コースは5~15ほどあり、
リフトはその半分ほどの数が稼働している。
たまに、隣りのスキー場と連動している所は、
2倍のコースを滑ることができる。
苗場スキー場では、3つのスキー場と連動している。
なんとか頑張れば、1日ですべてのコースを網羅できる。
《志賀高原スキー場》
いったいどれほどのコースがあるのか?
そんな素敵な話しを聞いて、行かない手はない。
すると、話しはトントンと決まり、2泊3日で計画がたった。
今年は、珍しいことに、3月に入ってからドサッと雪が降った。
「行かいでか!」
一路、雪の中、車は高速道路を走る。
午前中にたどり着いたのだが、まだ雪が降っている。
予約したホテルに荷物を置いて着替えをすませた。
さて、どこからどう動いたらいいのか?
同行の友人も志賀は初めて。
チケット売り場で、全体の地図を貰う。
地図好きな私が、しばらくジッと眺めているが、
今どこにいるのかさえ分からない。
なんせ文字が小さい。
小さいハズだ、とてつもない広大な地域を、
小さな紙に印刷してあるのだから・・・
しかたない、まず目の前にあるリフトに乗ってみよう。
スキーを担いで、ホテルの玄関を出たら、
おおきな 猿がリンゴを咥えて、コチラを見た。
とっさにカメラを構えたら、サッとクライミングをはじめ、
屋根の上に登って、リンゴかじりを続けている。
たぶん、野猿である。
ふむ、そういう所に来てしまったのかと悟った。
ゆくぞ・・・・・
いくつコースがあるんだって?
いくつリフトがあるんだって?
いくつゴンドラがあるんだって?
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ブラックバーン
http://ishimaruk.exblog.jp/30838921/
2024-03-10T05:54:00+09:00
2024-03-10T05:54:03+09:00
2024-03-04T09:18:19+09:00
ishimaru_ken
謙の発見!
《アイスバーン》と云う言葉は、いまでは皆が知っている。
南国の方ですら、知識としてある。
地面が氷りのようになって、滑る現象だ。
雪国は、雪が常に降り積もるので、アイスバーンになりにくい。
ところが近年の暖かさで、お日様に溶かされた雪が水となり、
それが、夜中の氷点下の気温で氷となる。
そこに車が走ると、スタッドレスタイヤでも滑る。
事故となる。
ソロソロの低速で運転しなければならない。
では、この言葉は知っているだろうか?
《ブラックバーン》
アイスバーンの最も怖いバージョンと言えよう。
昨今のスキー場へのアクセスでは、ほとんど雪がなく、
ヘタすれば、ノーマルタイヤで行けるような所もある。
いくらなんでもそれは危ないので、最低限スタッドレスタイヤを履く。
早朝、雪のない舗装道路を走っていると、
前方のアスファルト面が濡れている。
「はは~ん、雪が溶けて濡れているんだな」
その道の表面は、真っ黒に見える。
どう見ても、ただ濡れているようにしか見えない。
ところが――
カチンカチンに凍った《薄い水たまり氷》なのだ。
水たまりと思った面の上をタイヤが過ぎると、
まったく摩擦が起こらず、ス~~~
車は、あらぬ方向に進みだす。
あれれ、アレレ?
とっさにハンドル操作をすれば、曲がりがひどくなる。
ブレーキを踏んだりすると、もっとひどくなる。
なにかできないのかと問われても、何もできない。
ブラックバーンの道を滑っている事実だけがある。
凍っている道だとの認識があれば、それなりの走りをする。
だが、ただの水たまりだと思い込んでしまうと、
スピードを落とそうとしない。
こう考えてみよう。
普通の靴を履いてアナタが歩いているとしよう。
目の前に、キンキンに凍り付いた道が現れた。
アナタはそこを走って通り過ぎられますか?
スキップとかできますか?
相当無謀な方でも、こわごわ抜き足差し足で歩くハズ。
走るとか、ポケットに手を突っ込んで歩くとか、できようもない。
しかし、コレは、凍っている事が理解できているアナタの場合だ。
ブラックバーンでは、凍っている認識は全くない。
先日、北八ヶ岳付近の道でこのブラックバーンを経験した。
横滑りする車に、驚いた。
スピードをさほど出していない低速走行の時である。
助手席にいた友人が、かすれ声を出した。
「ブラックバーンですね」
指摘しながら、顔を引きつらせている。
両足をつっぱらかしている。
その午後、同じ道を走ったのだが、見た目は濡れている。
午後には、お日様が活躍し、ホントの薄い水たまりとなったのだが、
見た目は、同じ《真っ黒の道》。
凍っているのか溶けているのか、見分けがつかない。
なるほど、マジックに近いダマしが道で起きている。
アイスバーンの場合は、雪で色が白い。
ところが、こっちは黒。
対策は――濡れた地面を見たら、
カタツムリになるしかない。 雪が極端に少ない車山(霧ヶ峰)
]]>
まずテレビをつける
http://ishimaruk.exblog.jp/30838854/
2024-03-09T05:27:00+09:00
2024-03-11T07:46:12+09:00
2024-03-04T08:09:32+09:00
ishimaru_ken
昔々おバカな話
「朝起きると、まずテレビを付けます」
昨日、友人らと話しをしていたら、
朝いちばんにすることに話題がとんだ。
・トイレ
・カーテンをあける
・顔をあらう
・鼻をかむ
より前に、リモコンを手にして、ピッとやると皆が言う。
理由が明白だった。
・目を覚ます為
・日本の今を知りたいから
・天気を知りたいから
・沈黙がイヤだから
・習慣だから
私も生まれてまもなくテレビが家にやってきたので、
テレビっ子である。
常にテレビと共にあった。
それでも、テレビが無い時代もあった。
20代の前半から5~7年、アパートにテレビが無く、
棲みこみ(住み込み)時代にもテレビがなかった。
その後、アパートは借りたものの、テレビが買えなかった。
という事は、その間にはやったテレビ番組を見ていない。
欠落している人気番組があるハズだ。
20代と言えば、青春まっさかり!
なんでも頭脳に入ってくる頃。
「なんでも」とは、テレビに当てはまる言葉であろう。
欲しかろうが欲しくなかろうが、テレビは教えてくれようとする。
生活のありとあらゆる事項を、次々に連発してくれる。
それも、キレイな映像付きで・・・
いまから100年ちょっと前に、本という形で人は知識を知り始めた。
それまでは、本はあるにはあったが、知識人のみのモノだった。
それが、爆発的にひろがった。
文明開化につながったと言えよう。
その後、映画という映像の時代が到来し、
動くものが世の中を教えてくれた。
しかし、年間観られる本数は限られる。
そうこうしている内に、突然70年前テレビが現れた。
日本テレビの創設は、1953年である。
スラスラと年代を言えるのは、その年に、
私がオギャア~と喋ったから。
まさにテレビ世代の産声だ。
ただし、テレビを始めて見たのは、5才の時。
電気屋と父親がヨッコラショと抱えて玄関から持ち上げた。
ものすごく重かったらしい。
テレビの下に4本の足を付ける作業をしていた。
最初の一打は、家族が揃って正座させられ、
おもむろに父親が何かを回した。
首を前に突き出し、ジッと待った。
30秒ほど待ったところで、ガラス板の真ん中に小さな光がともり、
それが次第に大きくなっていった。
楕円形に近いガラス板がほぼ白くなった頃、
さらに父親が、なにかをヒネル。
ガチャガチャとヒネル。
突然、誰かが喋り出し、喋っている人の顔が映った。
顔がとても小さいので、皆が前にのりだす。
声も小さい。
すると、また父親が何かをヒネル。
声がおおきくなる。
まっすぐにこっちを見ている男の人。
延々、その時間が続く。
子供には、何を喋っているのか分からない。
とある夕方に、知識の伝達方法が劇的に変わった瞬間だった。
面白いのは、この時、
白黒という映像であることに疑問を抱かなかったのである。
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朝陽の影絵
http://ishimaruk.exblog.jp/30838849/
2024-03-08T05:57:00+09:00
2024-03-08T05:57:03+09:00
2024-03-04T07:59:13+09:00
ishimaru_ken
その他
朝陽が当たるのは嬉しい。
冬の朝は寒いに決まっているのだが、朝陽がかなたの地平の上から、
ポコリと浮かんでくると、刺すような光の線が届く。
となれば、差し込んだ先に、いろんな影ができる。
影絵の好きな私が登場する。
ダイダイにひかり輝く壁の前で、自ら影絵を作ろうとする。
その昔、手の影で、鳩を作ったり、犬の形を作ったりした。
時には、人間の横顔を作ったりして楽しんだ。
その時は、電球の点光源の影だったので、クッキリしていた。
冬の太陽で出来る影は、点光源に違いないのだが、
たった10m離れた壁に達した時には、輪郭がボヤける。
そのボヤけが、美しい絵画をこしらえている。
と言いたいところだが、自撮りすると、なさけない物しか写らない。
本来は、自撮りすべきでない。
写真とは、真正面から写すとロクなものが撮れない。
横からだの斜め上からだの下だの、斜に構えて写すべきだ。
特に、光が真正面から当たっていると、ベタ明かりと呼び、
写真家は嫌う。
しかし、私は写真家ではない。
むしろ「ベタ明かりで自撮り」という最悪のケースを楽しんでいる。
それは、朝陽だからだ。
堂々と登場した朝陽に、堂々と向き合いたい。
出来れば、裸になって大の字で、気を発したい。
「おはよう!!!」
いや、ご近所迷惑になるので、きちんと服を着て、小さな声で
「おはよう!」
私の内なるチカラは朝陽がもたらしてくれている。
時間に束縛されない日は、朝陽を浴びる為に目を覚まして、
カーテンを引きあける。
シャア~~~
ん・・・雨・・・
シャア~ないんじゃないの、そんな日もあるサ!
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ヒメヒミズ
http://ishimaruk.exblog.jp/30837601/
2024-03-07T05:48:00+09:00
2024-03-07T05:48:15+09:00
2024-03-03T13:49:20+09:00
ishimaru_ken
謙の発見!
先日、北八ヶ岳の山中の雪の中を歩いていたら、
黒い小さな動物が走り回っているのを見つけた。
とっさに映像を撮ろうとスマホを向けたのだが、
距離が20mほどなのと、すばしっこいので、
焦点が定まらない。
ズボズボと沈む雪の中を追いかけた。
しかし、敵もさるもの、樹木の付け根の雪が溶けている部分の、
穴に逃げ込んだ。
その夜、泊まった山小屋の主人に訊いてみると、
「ヒメヒミズ」だと教えてくれた。
初めて聞いた名前である。
ヒメは、《姫》
ヒミズは、《陽不見》
だと教わる。
つまり、「ちいさなお陽さまを見ないモノ」という意味で、
《モグラ》である。
ヒミズとはモグラを表わす別の言い方。
粋な言い方である。
そこで、疑問がわく。
ヒミズなのに、真昼間の雪の上を歩いているのは、なぜ?
その答えは、分からない。
このヒメヒミズは、しばしば日中に走っている姿を見られるそうだ。
そんなことをすれば、キツネやテンに襲われるだろうに、
地下から外に出てくるには、のっぴきならない理由があるだろうに。
冬はよほど、地下に食べ物が無くなるのだろうか?
雪が降る間は、雪面に動物の足跡がたくさん残る。
スキー場のリフトに乗っていると、様々な足跡が大小、見られる。
隠しようがない歩いた証拠が残っている。
刑事ならば、肩をすくめるほどの証拠を提出できる。
「シカ2頭が、追いかけっこをして、片方が、ここで跳んだ。
すぐさまアトの一頭が同じく跳び、じゃれ合いをしとるナ」
「ええ、そのあとをウサギが斜面を必死で登ってますネ」
「うむ、そいつは、90度に曲がって上から来たキツネから、
逃げ出したらしいワナ」
リフトの上では、まことしやかな想像をし放題である。
「あのちっちゃな足跡はなんじゃろか?」
「アレはヒメヒミズと呼ばれるモグラの足跡ですヨ」
「夜、地面から出てくるんかぃ?」
「いえ、昼間も出没するらしいです」
「ほんじゃ、泥棒が昼間盗みを働いているようなもんかのぉ~」
「たとえが悪いですネ」
「わしゃ、刑事じゃけんのぉ~」
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500円玉が使えな~い
http://ishimaruk.exblog.jp/30837596/
2024-03-06T05:45:00+09:00
2024-03-06T05:45:03+09:00
2024-03-03T13:47:25+09:00
ishimaru_ken
その他
新500円玉が自動販売機で使えなくて困っている。
半導体などの不足で、自販機が対応できないらしい。
それを知らない私なんぞは、
500円玉が増えるばかりで減りやしない。
家の小銭置き缶の中は、500円玉入れと化している。
スーパーやコンビニで使えば済む話しなのだが、
そんな時に限ってカードを使うのである。
んで、現金を使うときに限っておつりに500円玉が渡される。
まさか、店側が500円玉の処理をしている訳ではないだろうが、
500円玉が貯まるヒトには、何か理由があるかもしれない。
・500円以下の買い物をする時に、千円札を出すクセがある。
・500円玉だけを持っている時に、500円以上の買い物をする。
・500円玉を車の、とある場所にすぐ入れてしまう。
・500円玉貯金をしている。
最後の貯金に関しては、500円玉がはやりだした40年前頃、
家の中に、500円玉貯金箱を置いて、
家に帰るや、ポケットの中から、チョキ~ンと入れたものだった。
それは、缶になっており、数字が書かれてあった。
《10万円》
計算すると、200個で10万円になる。
毎日入れれば、200日で達成となる。
ある日、友人のアパートを訪ねると、これがあった。
《100万円》
面白ろプレゼントショップで買い求めたそうだ。
同じく計算すると、2000日=およそ6年で溜まる。
不可能ではない数字。
しかしながら、こんなモノが普及すると、
世の中から500円玉が不足してしまう。
問題はそればかりではない。
もし泥棒が入れば、「ここに現金ありますよ」と、
分かり易く教えているようなものだ。
しかし、くだんの友人は言う。
「持って逃げられるかな?」
いま、台所のはかりで測ってみたら、一枚7グラムあった。
ということは、10万円で1400g、100万円で14キロ。
ふむ、重い。
走れない。
泥棒が盗もうとする時、お札を選ぶ気持ちが分からんでもない。
で、かの友人にその後、達成できたのか、訊いてみた。
「ああ~あれね、途中で使ってしまいましたワ、あはは」
貯金箱が缶だと、穴が最初からあけられてあるので、
ダメなのだと知る。
やはり、ガチャンと割る陶器の猫型貯金が良いようで・・・
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色が白いだけで
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2024-03-05T05:54:00+09:00
2024-03-05T05:54:03+09:00
2024-03-03T08:56:39+09:00
ishimaru_ken
昔々おバカな話
つかこうへい氏が、私をなぜ劇団の一員に選んだのだろうか?
役者というモノは、
《見てくれが良い》
《芝居が上手い》
《魅力がある》
この三つが最低限の要素であろう。
ところが私の場合、20代の半ばでどこかの劇団に入れて貰おうと、
オーディションならぬ面接を受けたものの、
のっけから「要らない」宣言をされたものだった。
当時有名どころの文学座、俳優座などは、
はなから受ける気持ちはなかった。
落ちるのが目に見えていたからである。
ある意味、なんとなく「つかこうへい事務所」の舞台に立ち、
その後、続けて呼んで貰ったのは、なぜだろうかと考えた。
芝居のヘタさに、あきられながら使い続けてくれたのは、なぜだろう?
つかさんという方は、いわゆる《上手い芝居》に興味がない。
すこし困ったヒトをなんとかしたい考えているフシがあった。
《ダメなヒト》が頑張る姿に、湧きあがる感動を覚えていた、
というのが正しい気がする。
そして、なんとかそのヒトの長所を伸ばそうとする。
では、イシマルの長所は何?
おそらくつかさん自体にも分からなかったのかもしれない。
そんな時、あることに気づいた。
《色が白い》
イシマルはやたら肌の色が白かった。
色が白いと云っても、様々な白さがあるのだが、
イシマルの場合、「明度が高い白さ」とでも言おうか、
白さに明るさがあったのである。
肌が白く光っていた。
「脱げ!」
舞台の上に出る時、やたら服を脱がされた。
上半身は当たり前で、ズボンも脱がされ、果ては、
下着まで脱げとまで言われたが、
さすがにパンツだけは履かせてもらった。
しかしながら、限界に近い小さなパンツを買わされた。
「女性用の下着を買ってこい」と言われ、
デパートの女性下着売り場に行かされたのである。
あの場所は、男子にとっては鬼門である。
そこにそのコーナーがあるというのは分かっていても、
「見てはならない」、「通ってもいけない」地域として、
脳に刷り込まれている。
間違って、その一帯に足を踏み込んだ日には、
目がうつろになり、口が渇き、どうやったら脱出できるのか、
足がもつれ、よろめいた肩でぶら下がった物体にぶつかり、
パサリと落ちた柔らかそうな物体を、拾ってよいのか、
誰か呼ばなくてはならないのか、朦朧とした頭で考えている内に、
相当怪しいヒトの徘徊となり、
防犯カメラに収まっている我が姿を想像しながら、
さらによろめいて、バサリッ
信じられないピンクの物体を落としたりする。
そんなコーナーで、
パンツの買い物をせよと命じられた24歳のイシマル。
迷いに迷い、一枚のソレを手に取り、レジにむかう。
包んでくれお金を払う時に、領収書の宛先を連呼する。
「西武劇場宛てで」
今はパルコ劇場と呼ばれるが、当時は西武劇場が、
渋谷パルコの9階にあった。
つまり大都会の真ん中のパルコの2階にあった女性下着売り場で、
パンツの買い物をしたのである。
(ショーツと呼ぶことすら知らなかった)
そのモノは、普通に履くと、男子には無理があるので、
前後反対にして履いた。
つまり後部はティバッグとなっていた。
この状態で舞台に出された。
しかも、登場は客席のドアから飛び出て、
しばらくの間、客席の背もたれの上を伝い歩くのである。
露わな姿の白い男!
おどり、ジャンプし、奇声を発する変な男!
この後、5年間の舞台で、常に脱がされ、裸同然で芝居をする。
したがって、衣装をまともに着たことがなかった。
ずいぶん安あがりな役者である。
つかさんは、「どぎもを抜く」のが好きな演出をする。
その担い手にイシマルが名指しされたのである。
単に《色が白い》という唯一のメリットを見つけてくれたのである。
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