カテゴリ:昔々おバカな話( 437 )
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 田んぼの中を走っていると、鉄道の陸橋があった。
その橋脚のコンクリーの壁に、文字が書かれてあった。
(冒頭写真)

川沿いランニング【正】
     
コレは落書きである。
公共物への落書きであるから、許されるべきでない。
しかし・・・
筆者は、ランニング中に自らを鼓舞するために、
コレを書き始めたと思われる。
数えてみると、73回ランニングしている。
多いと思うか、まだ少ないと考えるか・・
いずれにしても、書き始めたものだから、
正の字を刻むのを、やめられなくなっている

この「やめられなくなる」というフレーズは、気にかかる。
正の字には、やめられなくなる誘惑が隠されている。

 もう一回(一本)で、正の字ができる・・
 もうひとつ正の字を・・

そういえば、30年ほど前、
正の字をたくさん見た覚えがあった。
あれは確か、《世界の車窓から》のスペシャル番組で、
フィンランドを旅した時だったな・・・

《ワスマ》2006年4月14日
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by ishimaru_ken | 2018-02-14 05:33 | 昔々おバカな話
12番のTシャツ
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 《スーパーボール》が終わった。
アメリカンフットボールの最終決戦である。
毎年、2月のはじめに、アメリカで戦いが行なわれる。
これまで、30年以上見続けてきた。
一度もかかした事がない。

そして、今年の勝者は・・・
ついに悲願の優勝を飾ったのは、
 《フィラデルフィア・イーグルス》
私が長年、秘かに応援していたチームである。
別に秘かにする必要もないのだが、
理由はある。
30年ほど前、このチームのクオーターバックが異質だった。
黒人のクオーターバックが誕生したのだ。
今では、当たり前にいる黒人の司令塔。
しかし30年前では、さすがのアメリカでも勇気がいった。
その黒人クオーターバックの名前は、
 《ランドール・カニンガム》 背番号12

30年前、ニューヨークに私はいた。
街中でユニフォームを探していた。
当然の如く、12番の背番号をあしらった、
フットボールティーシャツが売られていた。
ニューヨークでは、カニンガムの人気は、圧倒的だった。
圧倒された私は、すぐさま、12番のTシャツを買い求めた。
買うなり、すぐに着てみた。
大きかった。
とんでもなく大きかった。

本来こいつは、半そでシャツとして売っているらしい。
カニンガム本人に合わせて作ったワケではないだろうが、
私が着ると、長袖シャツになった。
あげく、全長は腰を過ぎ、ヒザ近くまで達している。
ほとんど、貫頭衣と言える。
日本語にすると、ブカブカ。
子供がお父さんの背広を着ている絵である。

そのカニンガムが残したイーグルスが30年後、
ついに悲願のスーパーボールを制覇した!
このゲームが感動的だったのは、いうまでもない。
あまりにも感動した私が、今、何をしているか?

押入れの中に頭を突っ込み、
どこかにあるであろう、12番のTシャツを探している・・
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by ishimaru_ken | 2018-02-07 06:11 | 昔々おバカな話
逆さ帚で帰ろう
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 《帚を逆さに立てる》

来訪者が家にあった時、夕方などに、
「そろそろお帰り願いたい」
という意味で、トイレに行く廊下などに、
帚を逆さまに立てておく。
すると、トイレに立った来客が、ふと気づく。
 『そうか、そろそろ帰らなきゃ・・』

コレは、日本古来の、控えめなサインだ。
日本古来と言ったが、
京都古来の奥ゆかしいやり方という方がわかりやすい。
あえて言葉にしないで、サインで相手に伝える。
(言わへんけど、察しとくんなはれぇ)

私の母親の作子さんは、京都生まれの京都育ち。
奥ゆかしいやり方で生きてきた人である。
その昔、帚が家にあり、
当然、逆さまに立てる意義に燃えていた。

当時、我が家は、父親の仕事がら来客が多かった。
たくさんの客が来ると、母親は次男坊のけんじろう君に、
帚を渡し、ことづける。
 「合図をしたら、トイレの前に帚を立てなさい」
 『は~~い』
返事だけはいいけんじろう君。
しかし、こっそりが嫌いなけんじろう君。
堂々と、「お帰り下さい」と言えばいいのにぃと、
生真面目に憤慨していたけんじろう君。

合図がきた。
帚を立てたのはいいのだが、逆さまではなく、
普通に立てた。
せめてもの反抗だったのである。
しかし・・・
当時の客は、人の家にお邪魔した場合、
廊下に帚が逆さまに立てられていたら、その意味は理解できた。
なのに・・・
トイレに行った客が見たものは、逆さまでなく、
帚がそのまま立てられている・・ではないか!

コレはどう判断したらいいのだろうか?
 「帰れ」なのか?
 「帰るな」だろうか?
 「帰ってもいい」のだろうか?
 「おととい来い」かもな?
グジャグジャに迷った酔客らが、廊下でとまどう。
すると、賢明な客が、持ち上げて逆さまに置いてゆく。
っと隠れていたけんじろう君が、すぐさま元に戻す。
逆さまにする。
元に戻す。
我が家のうたげは、グダグダに更けてゆく・・・
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by ishimaru_ken | 2018-01-29 05:41 | 昔々おバカな話
2017お馬鹿テン 昔々お馬鹿な話編
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お馬鹿テン 
《昔々お馬鹿な話編》 

《台風と緞帳》2016年9月26日

《日本酒へのいざない》2016年10月4日

《汽車の窓から》2016年10月8日

《忘れ物大将②》2016念10月12日

《亀有公園前派出所》2016年10月16日

《山本祐司さんと出会う》2016年12月10日

《ケジャンを買う》2016年12月15日

《天空の城 岡城》2016年12月19日

《コードレス電話》2017年4月27日

《全くやる気のない忘れモノ》2017年5月13日

《脱脂粉乳をアナタは飲みほしましたか?》2017年5月18日

《飛んだ日》2017年6月22日

《台風がやってくる》2017年8月18日
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by ishimaru_ken | 2017-12-27 05:48 | 昔々おバカな話
電線を渡ってやってくる
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 タメトウさんが我が家を訪ねてきたと語ったとたん、
大阪からバスガイドのネーヤンもはるばる訪ねてきた。
するってぇと、やってくるはやってくるは・・
皆が、ビールや日本酒をかかえてやってくる。
タメトウ効果である。
友は遠方も近方も、皆楽しみにやってくる。

すると、どうなるか・・・
私は風邪をひくのである。
ほとんど風邪をひかない私。
前回は一年前。
その前も一年前。
どちらも、長めの休みがとれた時である。
そこに、友人らの来訪が重なると、なぜか風邪をひく。
油断というヤツかもしれない。
しかも・・・

今回の風邪ひきのタイミングが奇妙だった。
その昔、電気が発明された頃、
町から町に電線が張られた。
それを見た、一部の人たちが口々に、叫んだ。
 「狸や狐があの線を辿って来るでぇ~」
 「悪い病気が線をつたってくるでぇ~」
聞いた人たちは、彼らにあきれた。
 『んな馬鹿な』

そして一昨日、私が滝田くんにメールをする。
 「タメトウさんたちが来たヨ」
すると、返事。
 「ごめん、風邪ひいて声が出ない、熱はないんだが」

その数時間後、私は同じ症状の風邪をひいたのである。
電子メールにのって、風邪がうつったのだ!
いにしえの狸や狐のおびえ話を馬鹿にした人たちは、
現代もいると思われる。
その方達に、警告しておきたい。
風邪は、メールでも移ります。
だって、ラインを訳すと、
 《電・線》 ですゾ。
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by ishimaru_ken | 2017-12-22 05:36 | 昔々おバカな話
方言万歳
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 「海、見られる?」
見られる、と言っている。
対して・・・

 「海、見れる?」
見れる、と言っている。
これが、いわゆる、《ら抜き言葉》だ。

ここで、大分方言が登場する。
先ほどの表現では、こう喋る。
 「海、見るる?」
見、のあとの振り仮名の数を数えれば分かるように、
ら抜き言葉だ。
「見るる」で、見られるかと疑問を呈している。
ら抜き言葉は、最近のはやりだが、
大分弁では、遠い昔から使われていた。
例えば、こうも言う。

 「映画、見るる?」
 (映画、見に行ける?)
今日、映画を見に行けるかと問うている。
<見るる>の中に、可能かの問いまで含まれている。
その上、その活用は多岐に渡っている。

 「映画、みりに行く?」
見りにいくという表現をする。
複合して使うと、
 「学校の先生が映画、見るるちぃ言うけん、見りに行こ」
(学校の先生が、映画見てもいいと云うから、見に行こう)
となる。
しかも、先生の部分は、せんせいとは言わない。
 「シェンシェイ」である。
学校も、がっこうとは言わない。
 「グワッコウ」と発音する。

発音すると言ったが、今の時代ではない。
その昔の私の爺様の時代は、そう発音した。
婆様に至っては、バビブベボが言えなかった。
濁点ではなく、パピプペポであった。
ゆえに、バスはパスと発声されていた。
むしろ、婆様は、パスとしか言えなかった。
よって、複合して使うと・・・

「グワッコウから映画、見りに、
  シェンシェイと、パス乗っち行くで」
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by ishimaru_ken | 2017-12-09 05:49 | 昔々おバカな話
ソウフ岩
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「イシマルさん、孀婦岩に登りませんか?」

20年前、冒険の師匠藤原氏が、私に声をかけている。
孀婦岩(そうふいわ)とは、八丈島と小笠原諸島の間にある、
尖った島だ。
いや島とは言えまい。

秘島図鑑によれば、
  面積:0,01k㎡
  高さ:99m
  人口:0人
  アクセス:なし
 伊豆諸島の最南端に位置し、大海原に屹立する急峻な岩。
 1788年イギリス船のフェリス号船長、
 ジョン・ミアーズが、発見した際に、
 『ロトの妻』と命名される。
 その後、意訳して『孀婦岩』と名づけられた


「たぶんまだ誰も登っていないハズ、行きましょう!」
私は、その気になった。
どうやって登るのか?
毎日喧々諤々、ヒザを付き合わせる。
クライミングの岸壁登攀になるのは分かっている。
問題は、取り付きをどうするかだ。

写真を見ても分かる様に、水面から突然、
岸壁が始まっている。
つまり、深い海底から、
ニョキニョキと生えている鉛筆のような岩だ。
船で近づくにしても、波の荒い外洋では、
船から岩に跳び移るのが難しい。
跳んだところで、いきなり90度に近い岩肌に、
しがみつかなければならない。
角度の比較的ゆるく、しがみつける岩を探さなくてはならない。
写真では分からない。
現地で探すしかない。

しかして、計画はどんどん進んだ。
まず、結果から述べよう。
イシマルは、仕事の都合で参加できなかった。
藤原氏は、他2名と、ヨットで乗りつけ、
果敢にも跳び移り、困難なクライミングの末、登頂を果たした。
2003年のこと。
テッペンで、初登頂の印を刻もうとした時・・・
なんと、早稲田大学の印を見つけたのである。
1972年に、すでに登った荒ぶる人たちがいたのであった。
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   孀婦岩は、この秘島図鑑に載っている
by ishimaru_ken | 2017-11-28 06:01 | 昔々おバカな話
カボスです
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 《カボス》である。
スダチじゃないんですか?
違う。
ユズじゃないんですか?
違う。
ポンカンじゃな・・
違う!
カボスだ!

カボスの産地、大分県で育った。
なんにでもカボスをかける大分県で、子供期を過ごした。
スダチを知らなかった。
ユズも知らなかった。
かろうじて、レモンと云う名前だけは知っていた。
テレビの、「♪~レモンレモン~♪」の歌で、ソレを知った。
知ったが、レモンを見た事はなかった。
初めて観たときには、スライスされていた。
それも、半月だった。
ゆえに、「レモンは、半月輪切りだ」という生涯認識となった。

大分県では、なんにでもカボスをかける。
ここに、半分に切ったカボスがある。
握ってしぼり焼き魚にかける、が普通。
勿論、かける、ギュッ。
隣に、刺し身がある。
やはりギュッっとかける。
その隣にサラダがある。
ギュッとしぼる。
おしんこ・・・ギュッ。
枝豆・・ギュッ。
冷やっこ・・ギュッ。
焼酎・・ギュウゥゥゥゥ

味噌汁・・ギュッ。
まさか・・ご飯・・・ギュッ!
かける人はかける。
さほど、カボス信仰は強い。
ギュッっとしぼった残りは、風呂に放り込む。
カボス風呂。
徹底している。

ところで、大分弁で、人のものを盗む行為を、
《ぼかす》と云う。
「こら、財布ぼかすなヨ」などと云う。
「ウチの会社の機密ぼかすのは犯罪だぞ」などとも使う。
実際、大分では、今も使われている。

昔、大分のある村で、カボスが盗まれる事件があった。
そのカボスを作っている農家の方が、テレビで、
大騒ぎしていた。
騒ぐワリには、言葉に説得力がなかった。
はい、声に出して彼の苦悩を喋ってみましょう!

「ぼかされたぁ~カボスをヨ、
 カボスぼかすカボスぼかすそげな奴、許されんじゃろ。
 カボスぼかされたんじゃあ~ぼかすなよ、カボスぅ~」
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by ishimaru_ken | 2017-11-24 06:16 | 昔々おバカな話
昔の映画館で
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 昔の子供たちは、映画を観たのだろうか?
時間を、60年前にさかのぼろう。

イシマル、4才。
あぶあぶが終わった頃である。
なぜかその頃、映画館にいた。
そこから10年間、映画館の座席に何度も座っていた。

爺様が、大分県の豊後高田市という町で、
映画館を営んでいた。
東映系であったのだが、当時は、海外をはじめ、
なんでも上映していた。

けんじろう君一家が、爺様のウチに訪ねると、
「映画観てきなさい」
爺様に、子供は追っ放われる。
その頃の映画館は、入り口にモギリの方がおり、
ガラスのドアを押すと、キップを千切ってくれるシステムだ。
ところが、子供が映画館に来ることがなかった。
滅多にないのではなく、完全になかった。
映画館とは、大人の遊び場だったのだ。
ソレが証拠に、現代のようにアニメも無ければ、お笑いもない。
かかっているのは、剣劇か、ホラー(化け猫)か、西部劇。

小学生の低学年のけんじろう君には、内容が難しい。
そこで、けんじろう君は、座席に後ろ向きに座り、
あるモノを、ただただジッと見ていた。
そこには・・・

ここで、当時の映画館の構造を語ろう。
基本は二階建て。
一階に150席ほどの、硬い座席があり、
二階は、畳状の桟敷。

そして、一階の一番奥に、
売店がうっすらと灯りをつけていた
間口半畳ほどの売店に、オバチャンがニコニコ顔で、
けんじろう君を手招きしている。
近づいてゆく。
売店の棚は傾斜しており、
お菓子が、夢のように陳列されている。
 パラソルチョコレートだの、
 チューブチョコレートだの、
 サイコロキャラメルだの。
 都コンブだの、
 ボンタンアメだの、
 ニッケのチューブだの・・・

オバチャンの後ろのガラス棚には、
ラムネが、燦然と並んでいた。
コーラもサイダーもジュースもない時代。
よもや、ペットボトルもなく、
缶製品もなく、水すら売られていない時代。
お茶は、オバチャンが、
売店内の七輪で沸かしたお湯で入れてくれるお茶だ。

おいでおいでしてくれたオバちゃんが、
とんでもないことを言ってくれる。
「好きなもん、食べナ」


チョコを頬張りながら、振り返ったスクリーンに、
女の人が、タンカを切っていた。
「おいおい、グダグダ言ってると、魚腐っちまうゼ!」
一心太助は、美空ひばりだったらしい。
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by ishimaru_ken | 2017-11-21 06:03 | 昔々おバカな話
岩木山音頭
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 岩木山(いわきやま)が気になる。
先日、岩手山(いわてさん)の話の折に、
イワキヤマの話が、ついでに出た。
あれは、岩手県での話だった。
その折、岩木山は青森県だと振った。
岩木山に登るにはどうしたらいいのか?
聞けば、青森県の最高峰と云うでないか!
1625m
単独峰として、津軽平野にニョキニョキ生えている。

っと、ここで、話は30年ほど前にさかのぼる。
その当時、カラオケボックスが、流行り始めた頃だった。
自分たちで、選曲ができだした頃だ。
リモコンのボタンで、選曲し、スタートを押せば、
パララ~~~~
イントロが流れ始める時代だ。
音質改善だの、何もない。
ボタンを押せば、目の前の画面に歌詞が出現し、
まさにカラのオケが奏でられる仕組みだ。

その頃、私たち役者が、芝居の旅で、地方を巡っていた。
芝居が終われば、毎夜のように、カラオケボックスにこもった。
いっけん楽しかったが、連日となると、
誰が何を唄うのか、同じ毎夜になる。
これが、うっとおしかった。
そこで・・・面白い企画を編み出した。
 《闇カラオケ》
通称、ヤミカラ。
ルールはこうだ。

リモコンのボタンをデタラメに押す。
 始まった曲を、その人は、歌わなくてはならない。

たとえ、演歌だろうと、最近の歌だろうと、英語の曲だろうと、
唄わなくてはならない。
さあ、そんな時だ。
役者S君が、押した曲が、画面に現れた。
 《岩木山音頭》

しばし皆、沈黙になった。
誰も知らなかった。
さあ、どうなるのだろう?
固唾をのんだ。
すると・・・
かの役者S君、イントロに乗り、見事に歌いだした。
全く知らないハズである。
しかし、日本人たるもの、音頭に関しては、自信がある。
なんとかしようという意気込みが伝わる。
実際、我々も知らないワケだから、
ある意味デタラメ歌っているにも関わらず、
それなりに、手拍子が出たりする。
なんと、3番まで歌い切り、
最後は、拍手拍手喝采で終わった。

さあ、ここからが面白い!
その後、ヤミカラは連日続いたのであるが、
S君に関しては、岩木山音頭のあまりものノリの良さに、
彼は特別に、それオンリーの歌手に指定された。
ボックスに入れば、まず、岩木山音頭!
途中、たるみが出れば、岩木山音頭!
最後の〆は、岩木山音頭!

しかして、一か月以上が過ぎた。
ふと・・・
よくよく考えてみると、我々は、岩木山音頭の原曲を知らない。
知らないが、S君のおかげで、物凄く親しみはある。
でも知らない。
知りたい気持ちはあるのだが、なんせ、30年近く前の話。
まだ、カセットなるものが幅を利かせていた時代。
どうやって、原曲を探せばいいのかすら分からなかった。

で、私は未だに、元なる《岩木山音頭》を知らない。

アッそうだ・・岩木山に登る話だった。
又、あした!
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by ishimaru_ken | 2017-09-16 05:42 | 昔々おバカな話



石丸謙二郎
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