カテゴリ:その他( 1848 )
写真の水平
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 写真の水平がとれているのか?
我々素人に、写真を撮る時の水平はとれているのだろうか?

パソコンに溜まっている写真を取り出してみた。
海をバックの写真が多い。
当然、水平線が写っている。
 「水平ですか?」の問いに答え易い写真ばかり。
過去の写真を、調べてみた。
ほとんどの写真が、水平が狂っている。

はっきり狂っているのは、3度以上。
これはどうかな?・・で、2度。
分からない程度の狂いが、一度の傾斜。
 (ちなみに冒頭写真は左が一度下がっている)

修正アイテムを駆使し、角度を整えてみた。
整えてみると、確かに見た目が安定する。
落ち着いた実感がある。
おそらくプロの写真家は、水平が当たり前になっている。
傾いた写真には、機嫌が悪い。
ところが・・である。

水平線が写った・・例えば海などの場合は水平は分かる。
しかし、ただのポートレイトや、山の写真で、
水平が取れるだろうか?
ユトリロの絵画のような、遠近法を駆使した状況でも、
水平はとれるのだろうか?

プロは言う。
 「とれる」
たとえ、どんな状況でも、水平だけはとれると言う。
ドラマの現場にいる広報担当のカメラマンにも問うてみた。
 「水平をとって撮ってるんですか?」
 『気にしとらん』
大切なのは、役者の表情だそうです。
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              ワン!
by ishimaru_ken | 2017-08-23 05:46 | その他
ジョージ・カール
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 《ジョージ・カール》

芸人がいた。
予備知識を与えたくないので、もし、興味があれば、
その芸を見てほしい。
ユーチューブの映像で、《ジョージカール》と検索すれば、
出てくる。
映像は、掘れば、たくさん出てくる。

その芸風は、ある種、私の理想といっていい。
運動神経の高速バージョンと言っていい。
(予備知識を与えないと言いながら、少し与えてしまった)

ジョージカール以後、彼の物まねをした芸人が多数出た。
彼の息子も、芸をつないだ。
しかし、彼を超える人は未だ、存在しない。
しかも彼は、アクロバティック師でもある。
ある意味、ダンサーとも言えると私は信じている。
(予備知識だくだくじゃないか)

我々は、いい時代に生きている。
と云うのも、彼のような芸を見ることが出来るからだ。
映像が残っているからだ。
たとえば、江戸時代にも、驚くような芸人がいたハズ。
おそらく、今以上にとんでもない芸があったハズ。
しかし、《繋ぐ》というだけで、その繋ぎ役に適任がいなければ、
継承できない。
つまり、とんでもない芸は、
その瞬間しか見られないモノなのかもしれない。

その芸が、ギリギリ残された。
《ジョージカール》 2000年1月1日没(83才)

 「私はサーカスのテントに捨てられていたらしい。
  そのままサーカスの一団に育てられたよ。
  だから両親の顔は知らない。
  サーカスであれこれ芸を覚えて、
  今まで暮らしてきたのさ」
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by ishimaru_ken | 2017-08-21 05:39 | その他
銀河の衝突!
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 私の想像力の限界が、ソコにある。
ソコとは、宇宙の話だ。
銀河系には1000億個の恒星があると推測されている。
その数は、アバウトなので、2000億かもしれない。
もっとかもしれない。

さて、その銀河が、もう一つやってきて、
二つの銀河が衝突したら、どうなるか?
恒星たちは衝突するのだろうか?
恒星の周りの惑星たちはどうなるのだろうか?

宇宙物理学者は、言う。
「星は衝突しません、ほとんど」

1000億の旋盤と、1000億の旋盤が衝突するのである。
例えとして、アナタとこんな実験をしてみよう。
 二人は、浜辺に立ち、砂を掴んでいる。
 私が、空に向かって砂粒を投げ放つ。
 同時に、それに向かって、アナタが砂粒を投げる。
 すると、たぶん・・砂粒どうしはぶつかる。
 かなりの粒がぶつかるハズ。

これが、我々の想像力の世界だ。
我々と言って悪かった、私だ。
私の想像力の限界と言ってもいい。
今の実験に照らせば、同じように銀河の中の砂粒である、
恒星は、相当の確立で、ぶつかるハズだ。
そもそも1000億あるのだから、宝くじ以上の確立で、
激突しているハズ。

ところが、天文物理学者は、
「ほとんどぶつからない」と、しらっと語る。
理由は、
「星間距離が、とんでもなく離れているから」だと言う。
例えとして、日本にある野球ボールが、
ハワイにある野球ボールにぶつかりますかと言う。
ふむ、そう言われれば、確かに、とんでもない衝突確立だ。
しかし・・
なんたって、1000億です。

こうなると、《距離の概念VS数の概念》である。
そして、距離も数も、とんでもない数値を超えると、
もはや脳みそがウニになってしまうようで、
その結果、(私の)想像力の限界に達し、
わかりやすいタメ息を吐いてしまう。
 「ふ~ん・・眠ようかな・・あした早いしぃ」
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by ishimaru_ken | 2017-08-19 05:38 | その他
クマゼミの北上
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 ワ~シ、ワ~シ、ワ~シワ~シ
公園で、クマゼミが鳴いている。
セミの中でも、ひときわ鳴き声がでかい。
というより、ウルサイ!

このクマゼミは、夏を賑わす西日本の代表選手だった。
その昔までは・・・
ところが、10年ほど前、箱根の山を越えた。
超えたと思ったら、どんどん東へ北へと勢力を拡大し、
北上が止まらない。

昔の映画で、クマゼミが鳴いていたら、
関西で撮った作品だと解ったものだった。
しかし、今では、その解釈が成り立たない。
季節感だけでなく、地方特定が難しくなっている。

いまのところ、東北では、ミンミンゼミが支配しているが、
いつクマゼミにとって代わられるか分からない。
北海道進出だけは死守したいものだが、
いつか海を渡る冒険心あふれるクマゼミが生まれないとも限らない。
なんせ、ずうずうしい巨体である。
そのくせ、やや鈍くて、すぐに人に掴まるような、
お馬鹿さんでもある。

ただでさえ暑い夏を、よけいに暑く演出する役目を担っている。
加減をしらない大音量は、1キロ離れたところまで届く。
動物が放つ鳴き声としては、最大音量ではないか?
一度、オペラのソプラノ歌手と競って貰いたいものである。
狼にも参加していただき、三つ巴の決戦を!
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by ishimaru_ken | 2017-08-15 05:46 | その他
ブヨ
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 ブヨが怖い。
ブヨである。
蚊ではない。
蚊に刺されると、「刺された!」と今気づく。
しかし、ブヨはそうはいかない。
刺された事に気づくのに、二日ほどかかる。
遅延襲撃と云えよう。
一種の時限爆弾である。

ブヨの大半は、足首攻撃を主目的としている。
足首に狙いを定めている。
足首に、ことのほか執着している。
ブヨがいそうな山の中から帰った二日後、
足首をカイている私がいる。
ボリボリボリボリ
「何に噛まれたのだろう?」
襲われた動物を認識しないまま、足の痒さにのけぞっている。
ボリボリボリボリ
この痒さは、蚊の痒さの比ではない。
夜中も眠りながらかいている。
無意識でカイている。
朝起きると、シーツが真っ赤に染まっている。
 「なんだコレは!」
足首から血が噴き出している。

恐ろしいことに、この痒さが、一週間続くことさえある。
悪い事に、足首は、わたしから遠い。
手が届く近場ではない。
いちいち身体を折り曲げなければ、カク手が届かない。
「最近からだが固くなったのヨ」
お嘆きの貴兄貴女には、おお嘆きしてもらうべき距離にある。
いちいち身体を折り曲げ、カク。
いちいちカイた箇所を見て、血が黒く固まったのを確認する。
ボリボリボリボリ

「くそ~、カサブタをかきむしっちゃうゾ~!」
ボリボリボリボリ、ガリガリガリガリ、くいくいくいくい、
カリカリカリカリ、グイククグイクク、
ぎゃあああああああああああああああああああああああああ
ブヨに泣く夜は恐ろしい・・
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by ishimaru_ken | 2017-08-13 06:03 | その他
バタヤンの哀しみ
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 バタヤンにも哀しみがある。

これまで、数々のデザイナー賞を頂いてきたバタヤンである。
イタリアでは、世界的なデザイン賞をいただいた。
それも2度も、黄金色に輝いた。
映画で云えば、アカデミー賞のグランプリを、
二度も頂いたに等しい栄誉だ。
レッドカーペットを歩いた。
ドラムロールで名前を紹介された。
つまり、デザイナー界の頂点を極めた人間が、
ある日のこと・・・リゾートのコテージの台所にいた。

 「魚の名前を書いて、皿に並べておいて」
イシマルに命令されたのである。
その日、イシマルが大漁に釣ってきた数々の魚を、
イシマルが刺身にし、イシマルが皿に盛り付ける。
そこに名前を書いた紙をレイアウトしてくれ、と命令されたのだ。
バタヤンのデザイナー心が刺激され、
黙々とはげんだ。

 シビ(キハダマグロの幼魚)
 カンパチ
 シイラ
 ツムブリ
 カワハギ
 グルクン

刺し身の隙間に、紙が差し込まれ、盛り付けを華やかにした。
出来上がったその時だ・・・
 「ダメっ、やり直し!」
予期せぬ声がとぶ。
声の主は、イシマル。
理由は、「どの魚が、どの名前かわからないから」。
一閃とは、このことで、スパッと切られた。

世界的には、認められたのに、こんな人に裁かれた。
魚を釣って、さばいたというだけで威張っている人に、
無碍なる却下の言葉を吐かれたのである。
 「ダメッ」
アカデミー賞とは全く無縁の某俳優に、
デザインなんかほとんど理解できない役者のはしくれに、
デザインを落第させられたのである。
ああ~バタヤンは哀しい・・
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by ishimaru_ken | 2017-08-12 06:01 | その他
鰯の旨味は
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 どうもよく分からない?

イワシは旨い。
魚屋で目が黒々とし、顔が活き活きとしたイワシを見つけると、
心が騒ぎ出し、買うつもりはなかったのに、
気づけば、お代を払っている。
夕食に、イワシを捌き、刺身に盛り付ける。
見事な色合いで、舌と胃袋を刺激する。
ワサビ醤油にチョンチョンとつけ、口中に放り込み、
奥歯で噛みしめる。
ジュワ~~~ン
この旨みは、何物にも代えがたい。

こんな旨い身を食べているハマチたちは幸せモノだ。
マグロもしかりである。
つまり、これほど旨くなかったら捕食対象になっていない。
進化の歴史の中で、
食べられる魚たちは旨みを増す仕組みになっている。
旨ければ旨いほど、多くの魚に食べられる仕組みなので、
その分、たくさん子供を増やすシステムが確立された。
これを、イワシ理論と呼んでおこう。

っと、ここまで、述べて・・?
クエスチョンマークが頭に灯った。
ほんとか?
では、さっき登場願ったハマチはどうだろう?
ハマチも、まけず劣らす旨い魚だぞ。
マグロはどうだ?
こいつも、我々は、頬張りたい魚の筆頭に挙げているじゃないか。
彼らを積極的に捕食する大きな魚はいないと思える。
人間が口に入れない限り、滅多なことでは、食べられない。
なのに、美味しい体を身に付けたのはなぜだろう?
先ほどのイワシ理論が成り立たないではないか。
イワシ学説は、間違いだったと糾弾されるかもしれない。

しかし、私としては、
<旨いから食われる>という説は捨てがたい。
そう思い込みたい。
この説を推進するには、
先ほどのハマチやマグロの旨さを否定するか、
あるいは、
彼らを捕食する体力のある魚がいない・・
と居直るしかない。

いずれにしろ、ハマチ達は、イワシを生で食べており、
私たち日本人も、生で食べている。
胃袋で味わうか、舌で味わうかの違いはあれ、
旨みに対する感性は、同等のものを持ち合わせている。

いつか、ハマチ君と同じテーブルについて、
イワシをいただいてみたい。
向こうが、コッチのテーブルにつくか、
コッチが、向こうの海に潜るかは、話し合いができないので、
いっそ、テーブルの横に生け簀を作って、
お互いが、その気になるというのはどうだろう?
もちろん、君には手を出さないという、約束をしたうえで・・
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by ishimaru_ken | 2017-08-09 06:01 | その他
負けました
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 「負けました」
将棋の世界は、面白い。
勝負事の世界なのに、負けた側が、
「負けました」と声を発して負けを認めるルールになっている。
潔く負けを認めるのだ。

潔くと言ったが、いさぎよいわけがない。
負けるのが、とんでもなく嫌いな人達が寄り集まった将棋界。
なのに、負けましたと言わされる。

では、他の世界ではどうだろう?
似ている碁では、「負けました」はない。
終わると、碁石の数を数え、なんとなく、勝敗が決する。
スポーツに目を向ければ、
集団競技のサッカーでも野球でも、
「負けました」は聞かれない。
単独競技の、テニスもバドミントンも卓球でも、
「負けました」はない。
ゴルフもない。
おそらく知りうる限りのスポーツに、
「負けました」などと発しなければならない屈辱はない。

では、ゲームの世界に戻ろう。
マージャンの最後に、
「勝った!」と騒ぐ輩は見た事があるが、
「負けました」と素直にのたまう人は見た事がない。

ポーカーで、有り金巻き上げられた人でさえ、
「負けました」とは言わない。
『クソッ!』
『チキショー!』
『おんどれ~』がいいとこだ。

将棋界とは、不思議なルールを生み出したものだ。
煮えたぎるような悔しさの中で、
最も言いたくないセリフを言わされている


では、どうしても、そのセリフを言いたくない人はどうしたらいい?
将棋では、持ち時間という制約があり、
そのぞれの時間を使い果たすと、失格になるルールがある。
つまり、次の手をささずに、じっとしていると、
審判代わりの記録係が、
「石丸5段、失格です」
と言われて、失格負けをする。
この時だけは、屈辱的な言葉「負けました」を言わなくて済む。

もしくは、将棋においての違反行為、
例えば、2歩を打つとか、成り間違いとか、
ルール違反行為をした時、
記録係の声が、
「石丸5段、2歩の為失格となり、滝田6段の勝ちとなりました」
となる。
つまり、「負けました」は言わなくて済む。
済むのだが・・・
ルール違反の悔しさはそれ以上で、はかり知れない。
むしろ恥であるので、穴を掘って潜りこみたくなるらしい。
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by ishimaru_ken | 2017-08-08 05:56 | その他
文明堂の人形
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 「♪~カステラ一番、電話は二番、三時のおやつは文明堂~♪」
長くやっているコマーシャルだ。
知らない人でも知っている。

先日、キャンプ場で、ひとりが言い出した。
 「あのヌイグルミ達は、何の動物?」
すると、皆が口々に喋りだした。
 『アレは、猫だヨ』
 『ウサギに決まってるだろ、白いもん』
 『いや、羊じゃないの、あの可愛さは』
 『あれはね・・・シロクマ』
 『いやいや、犬だって、それもスピッツ!』
そんな時、滝田くんが、大きな声を出した。
 『みんなバッカじゃないの、あれは熊だヨ』

ちょっとまて、滝田くん、熊には見えないだろ。
それに最後に逆立ちして、シッポをピコピコ降ってるゾ。
熊にはシッポはないゾ。
バッカとはなんだバカとは、
もし熊じゃなかったら、事と次第では許さんゾ!

皆の非難が、滝田くんに向かう。
『熊がなぜラインダンスを踊るんだ?』
と、意味のない反論までとびだす。
熊が踊らなきゃ、ウサギだって猫だって犬だって踊らない、
とは気づいていない。

ヨシってんで、誰かが、スマホをスラスラと動かした。
 『ゲッ、あれは、熊だってヨ!』
検索結果、熊であると判明したのである。
滝田くんの名誉が守られてしまった。

これでいいのか?
なにがいいのか?と云うと・・
こんなに簡単に結果が検索されていいのか?
もっと喧々諤々すべき時間があった方がいいのではないのか?
考えるという大切な時間を奪われたのじゃないのか?
せっかく、山に囲まれたキャンプ場で、
火を囲み、自然を感じているゆるやかな時間帯に、
難題がいとも簡単に解決してしまった。
疑問とは、しばらくくすぶっていても構わないのではないか?

知りたい欲求は、おおいにあった方がいい。
しかし、疑問・即・答えでは、
脳みそが回転する遊びが奪われる。

あまりの答えの速さに、
滝田くんに拍手をするもったいつけさえ、
奪われてしまうのであった。
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by ishimaru_ken | 2017-08-06 05:23 | その他
藤井4段との勝率100%
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 将棋の藤井翔太4段が進撃している。
これまで、34勝2敗。
勝率 0、9444
騒がれていた連勝記録もさることながら、
負け数の少なさは他の騎士を圧倒している。

あまりのブームの為、CS放送などで、生中継まで行われている。
ほぼ最初から、対局が終わりカメラのフラッシュまで、
もれなく放送されている。
これまで、私は、最初から最後までの生を、2回観た。
この2回と云うのが、さっき書いた、
34勝2敗の文字にからんでいる。
そう、私が観戦した日は、
いずれも藤井4段は負けているのである。
確率的には、100%だ。

そこで、アナタはこう思うだろう。
 「負けた日ばかりで、面白くなかったでしょ」

アナタは釣りをしたことがあるだろうか?
釣りとは、必ず釣れるものではない。
《ぼうず》と呼ばれ、一匹も釣れない日もある。
勝率からすれば、藤井4段を下回っている。
釣れない日があるから、釣れた瞬間に満開の破顔となるのだ。

特に、藤井4段は逆転勝ちが多い。
つまり、戦いの途中まで劣勢だ。
その劣勢は、勝った対局も負けた対局も、途中まで同じ。
つまり、未来が読めない中で、
どっちに転ぶか分からない状況に観戦者は、
ドキドキしている。
 「いったいどうなるんだ?」
すなわち、負けてしまうのか?と不安が渦巻く中で、
その通りに負けてしまった二つの戦いを観た。
しかも、藤井4段の生放送に関しては、
その二つしか観ていない
非常に稀なる経験をしたのである。

こうなると、魚が釣れる日が楽しみになってしかたない。
特に、藤井4段の場合、ほとんどの日、大漁が約束されている。
彼には申し訳ないが、日本中の将棋ファンがそう思っている。
連日、鯛やヒラメがバンバン釣れあがるのだ。

ゆえに、とても楽しみであるのだが、・・・
次の対局を観るのが怖くもある。
もし・・ですよ。
3度目の負けの日に当たってしまったら、
私は、どうしたらいいのでしょう?
だからと言って、
私が観ていない時に負けてくれとも言えないし・・
8月中に、私が一日中家にいる日が対局日に当たるハズ。
さて、その結果も、報告しなければネ。

応援とは、不安の裏返しである。
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by ishimaru_ken | 2017-08-05 05:48 | その他



石丸謙二郎
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