「どうぞ、お入り下さい」
温度計のメモリーに目をやると、驚くべき数字が・・
《
-50℃》
肉布団のような防寒具で膨れ上がった私が立っているのは、
東京は多摩地区にある、<国立極地研究所>の地下である。
極地とは、南極、北極などの
極端な地の事らしく、
その気候を再現する部屋がある。
「どうぞ」
と言われても、心の臓が、バクバクして足が前に進まない。
-20℃くらいなら、北海道や東北の山で経験があったが、
-50℃とは・・・
我々は、マイナスになると、温度差を想像できなくなる。
-10℃も、-30℃も大差ないだろうと考える。
ところが、これを真夏に置き換えるとだネ・・
「今日、暑いなあ・・
30℃かよぉ~」
という日に、
10℃にまで冷やした冷蔵庫の中に入ったら、
どんな感じがするだろうか?
あまりの寒さに、ガチガチと歯の根が合わなくなるかもしれない。
マイナスの世界でも、同じなのである。
20℃低ければ、20℃分寒いのである。
そして、今、室温25℃の部屋から、-50℃の部屋へ、
その差、75度のジャンプをしようと云うのだ。
極地には、三枚の分厚いドアをくぐらなければならない。
一枚目の分厚いドアをガチャリと開ける。
ピリリと空気が冷たくなった。
二枚目のドアが開かれる。
唯一表出している顔を、ざらついた氷で撫でられたかと思えた。
三枚目のドアがさっと開かれ、さっと閉められた。
(閉じ込められた!)
一瞬、呼吸を止めた。
-50℃の空気を吸い込んだ途端に、
肺が凍ってしまうんじゃないか・・心配になる。
そお~~っと、鼻から息を吸うと、
鼻の穴の内部を、針でツツカレタ状態になった。
痛い!
思わず声が出る。
ものの20秒も経っていないにもかかわらず、
マブタに涙が滲んでくる。
目の前がボ~としているのは、
まつ毛に、白い霜が付着しているセイだ。
その霜は、私が吐き出す息が作り出しているのである。
まるで、タバコを吸っているのかと思えるほどの白煙だ。
1分が過ぎる。
セキが出る。
ちょっとやばいかもしんない。
2分が過ぎた。
頭の芯がジンジンしてきた。
3分経過。
入室前に書いておいた<367×2>の数式を計算してみる。
うぅぅ・・ナナヒャァクゥ・・
4分経過。
今、ふらついたのは、なぜだろう?
5分・・
「で・ま・し・ょ・う・か・あ・」
ぶふぁあ~~~~!
無事・・帰還した。
再び、75度差をジャンプした。
南極昭和基地におられる越冬隊員の皆様、
本当にご苦労様であります。
思わず敬礼をしてしまったのであります。
南極氷