
甲武信岳から八ヶ岳
「八ヶ岳に登るぞ、さあ、準備をしよう!」
イシマル隊長から号令がかかる。
隊員達は、それぞれリュックに装備を詰め始める。
濡れないように衣服をビニールで包む。
濡れた時の着替えをビニールで包む。
濡れても寒くならない下着をビニールで包む。
すべてが濡れないように、雨合羽を用意する。
雨が降るかどうかが問題ではない。
雨は降るものだとして考える。
常に、最悪の事態を考えて、装備は詰め込まれる。
さらっと考えると、
1泊2日であっても、山小屋泊であれば、
さほどの装備はいらないであろうと、考えてしまう。
ところが、山登りでは、常に付きまとう言葉にビビッているのだ。
<遭難>
そうなんだ。
遭難とは、
道がわからなくなる事だけが、遭難ではない。
足を捻挫しただけで、遭難に陥る。
町の中で捻挫したのなら、
タクシーでも呼んで、病院に行けばよい。
ところが、山の中で一人が捻挫すると、
その一人を下山させるのに、とても多くの人間の手がいる。
ほんだもんだから、ちょっとの山登りでも、
しっかり、登山靴を履いて登るのだ。
大袈裟なのだ。
装備にしても、遭難を前提にして、リュックに詰めている。
「ホカロンなんかいるんですかぁ~?」
『夜中は零下にまで、冷えるんだゾ!』
「だって、山小屋泊まるんでしょっ」
『遭難したら、どうする?』
「ウグッ」
必然、荷物が重くなる。
でも、重い荷物は担ぎたくない。
そこで、荷物の軽量化がはかられる。
すべてのモノの、皮むきから始める。
食べ物の外側の包装を、全部剥ぎ取る。
チョコレートであれば、銀紙以外は、いらない。
ガムテープも、必要なだけ、巻き取ってしまう。
日焼け止めも、
何滴使うのかまで、計算する。
以前、一人で、40キロの荷物を背負って登山をやっていた頃は、
さらに、シビアだった。
服に貼ってある、小さな票も千切った。
ビニールに服を入れ、縛ったその先っちょを切った。
なにもそこまで・・と思われるだろうが、
ようは、
心づもりが大切なのである。
徹底的に軽くするという考え方が、原点なのだ。
「あ・・ナカヒラ君・・ホカロンの袋は剥がさなくていいってば」

夢は岩場を駆け巡る