作、演出家の後藤ひろひと氏が、東京の渋谷のホテルから、
久々に、大阪の家に帰ろうと思いたったのである
今日はその話に始まる。
熱い日だった。
汗が止めどもなく流れていた。
連日の芝居とその後の飲酒で疲れていた。
ガラゴロとカバンを引き摺り、電車を乗り継ぎ、
目黒駅までやってきた。
っと・・・、愕然としたのである。
大阪の家の鍵を、
ホテルに忘れてきたのである。
ここまで来て、取りに帰らねばならないとは・・
カバンが重い。
太陽がギラギラと照らしつける。
(ううぅ、タクシー乗っちまおう)
心が折れかけた。
その時である。
人間に、
悲惨な状況を楽しむ心が生まれるのは。
彼は、歩きだしたのである。
36度を超す炎熱コンクリートの中、
自分のアホさかげんに呆れながら、ホテルに戻ったのである。
<ふりだしに戻る>という人間性を試される試練に、
敢えて、立ち向かったのである、
そこで、私の話が始まる。
場所はパルコ劇場である。
地下2階の駐車場に車を止めた私は、
劇場のある
9階まで、階段で登っていくのだった。
毎日の日課だ。
たかが、足して11階と言うなかれ。
商業用ビルは通常より一階分か高く、
15階分の高さに相当する。
数分かけて登り付いた私。
楽屋にカバンをドサっと置いたところで、
思い出した。
カバンをもうひとつ、車に積んでいたんだ。
仕方ない、ふりだしに戻ろう。
階段で降りた。
ところが、地下2階の車の前まで来て、愕然とした。
ガ~~ン!
車のキーを楽屋のカバンに忘れてきた。
(ううぅ、エレベーターで行っちまおうか・・)
心が折れかけた。
その時である。
私の中に、
悲惨な状況を楽しむ心が生まれたのである。
行こう!
階段を登る。
汗が噴き出す。
膝が笑う。
9階の楽屋に戻り、カバンからキーを取り出す。
再び、階段を地下2階まで下る。
車のドアを開ける。
その時、思い出したのだ。
もうひとつのカバンを、家に忘れてきたことに・・
さあ、階段を登ろう!
今日、三回目だ。
楽しいじゃないか!
バカじゃないか!
ヤッホーとか叫ぼうじゃないか!
人は、こうやって成長するのだ!
後藤ひろひと氏も、山の手線の中で、
ヤッホーとか叫んでいたのだろうか?
休憩中、フラットマンドリンを奏でる後藤氏