
旅先でホテルに泊まる。
私のホテル選びは、選ぶ根拠が、はっきりしている。
はっきりしているが、その根拠を人に言うのが恥ずかしいので、
なるべく口を閉ざすようにしている。
たとえば、人によっては、こんな選び方もあるだろう。
ベッドが硬い。
静かである。
真っ暗になる。
大浴場がある。
照明がひとつのスイッチで消える。
それらも確かに、根拠のひとつには違いない。
しかし、私的には、もっと大きな要因が決定権を握っている。
《
エレベーターがはやい》
ボタンを押すと、どの階にあっても、
たちまちとんでくる。
つくやいなや、
すぐにドアがあく。
目的階と閉まるボタンを押すと、
サッとドアが閉まる。
すみやかに箱は上下する。
目的階についた途端
すばやくドアが開く。
このはやさが、気にいっているのである。
上の文章の中の、この言葉に注目して頂きたい。
《たちまち》
《すぐに》
《サッと》
《すみやかに》
《すばやく》
なんとも気持ちの良い響きを奏でている副詞ではないか。
エレベーターの動きに関して、
来るとか、行くとか、動くとかを援助する副詞として、
これらに、よく出来ました三重丸をつけてあげたくなる。
《目的階についた
途端~》
の、<途端>は、副詞ではないが、
やはりその、
はやさに貢献しているさまがほほ笑ましい。
《つくやいなや》
<いなや>に至っては、表彰状ものである。
はやいエレベーターに興味のない方は、
この辺であくたいと共に、ご退場いただけるとありがたい。
「あと少しだけ、エレベーターが速かったらなあ」
つぶやいた経験のある方にのみ、話を進めたい。
私のホテルでの動きは、激しい。
何度も上下する。
外への買い物や食事、フロントへのファックス受け取りや、
コインランドリーへの往復。
ランニング、サイクリング。
これが、連泊ともなれば、その上下動は、さらに激しさを増す。
もし、エレベーターが有料であるならば、
真っ先に定期券を購入するだろう。
このそれぞれの時、
仮にエレベーターがゆっくりとしか動かなかったら・・
・・エレベーター内に誰もいなければ・・
走るかもしれない。
走るのは違反だとしたら、気持ちが走る。
あせり、慌てふためき、やがて、心が折れ、
外出しなくなる。
こんな自分が、許せない。
ゆえに、ホテル選びに慎重になる。
そこで、ホテル選びの根拠である・・
ウオシュレット完備よりも、
インターネット接続自由よりも、
枕硬いよりも、
駅近しよりも、
飲食店多数よりも、
展望風呂ありよりも、
ずっと前の、筆頭に・・
《はやいエレベーター》が登場するのである。