
~昨日からの続き~
上高地を出発すると、3時間ほど平らな平地を歩いてゆく。
これがたまらなく気持ちよい。
梓川の清らかすぎる清流を遡りながら、
首が痛くなるほど見上げなければならない尖峰が、
蒼空に突き立っている。
写真を撮りだすと、とまらなくなる。
誰がどう撮っても、絵葉書写真になってしまう。
登山者だけでなく、上高地から遠足気分で歩く人達もいる。
カメラの操作に余念がない。
この先、横尾を過ぎれば、いよいよ登りが始まる。
遠足気分の方たちとサヨナラだ。
っとここで、思い出した。
この先に、日本三大岸壁と呼ばれるアノ岸壁があるはずだ。
《
屏風岩》びょうぶいわ
昭和の時代、幾多の若者の命を奪った悪名高き岸壁である。
30年前、40年前に、この岩が見える場所まで来たら、
思わず震えたもんだった。
カ~ン・・カ~ン・・
ハーケンをカナヅチで岩に打ち込む音が響く。
600mにおよぶ岩場を仰ぎ見ても、
人の姿が見えない。
それでも、じっと目を凝らしていると・・・
おお~あの垂壁に、チラリと茶色の物体が!
その真下に、黄色の物体が!
二人のチームが、尺取虫よろしく、ジワリジワリと、
這い登っているのである。
さらに、目を望遠鏡にしてみると、
アッチにも、ソッチにも、
這い登りのパーティがいるではないか!
っと、ここまでの感想は、30年前の話だ。
2013年の7月上旬。
天気晴朗。
屏風岩には、誰一人取り付いていなかった。
というより、その岩肌に驚いたのである。
30年、40年前の岩は、まさに灰色をしていた。
緑なる植物は殆ど、無かった。
しかし、今回の屏風岩は、緑だらけであった。
岩のクラック(裂け目)に、草や木が根をはり、
繁茂しているのだ。
「え~これじゃあ、登れないじゃ~ん!」
ため息が漏れた。
自分が登るワケではないのだが、
まるで、我ゲレンデの荒廃を見るようで、
目頭が熱くなった。
(あとで知るのだが、
それでも屏風岩クライミング熱は盛んらしい)
そうそう、その昔は、遠足気分の方たちは、
ここまでやってきて、カ~ンカ~ンの尺取虫の闘いを、
双眼鏡で眺めていたそうな。
ちなみに、その尺取虫たちは、岸壁の途中で、
日没サスペンディットになった場合、
その場所で、宙吊りになって、一晩過ごすのです。
食事もするのです。
お湯も沸かしたりするのです。
そして眠るのです。
彼らは、
ビルの窓拭きのアルバイトをやったりしている人もいる。
私の友人もその一人だった。
その友人に尋ねた事がある。
「高層ビル窓拭きで、夜、宙吊りで眠る気ある?」
彼は、即答した。
『ない!面白くない!』
やっぱり、
自然の岩場にこそ、魅力があるんだ!

屏風岩