穂高のふところ上高地を歩いていると、
画家のウチがあった。
ウチというのは誤りで、テントである。
テントと云っても、本格テントではなく、
あっちにブルーシート、
こっちにビニールといった仮の住まいである。
雪のない季節、この地に居付いておられると思われる。
のぞいてみると、油絵で、穂高の山を描いている。
大きなキャンバスや小さな作品などが、
所せましと並べられている。
誰も居ないのかと思いきや、イーゼルの前に、
画家本人が座っているではないか。
あまりにもジ~としているので、気付かなかった。
筆を握ったまま、まんじとも動かない。
「どうしたのだろう?」
よくよく観察すると、
なんだ、
眠っているじゃないか。
穂高の岳沢を制作中に、あまりにも良い気候に、
うつらうつらし始めたとみえる。
夏の上高地は、温度も湿度も快適で、
ただ観光に訪れるには、夢のような別天地だ。
勿論、山に登る人間にとっても、
この気候と眺めは、格別な味わいがある。
急峻な岩場から戻って来た時に、
胸のすくような美しい緑に思わず、溜息が出る。
「良かったぁ、無事で」
それにしても、上高地でいねむりとは、
最高の贅沢ではなかろうか?
時折、目が覚めては、絵筆の続きをやる。
眠くなったら、又眠る・・
その後、二度ほどテント前を通ったのだが、
やっぱりコウベを垂れていた。