そう、闘った。
何と?
情報と。
昨日、サッカー日本戦の結果を知らずに帰る確率は、
3%だと言った。
九州まで仕事で行かねばならず、
日本戦は録画して、あとで見るしかなかった。
つまり、夜遅く家に帰るまで、
勝った負けたの結果を知りたくなかったのだ。
この情報過多の時代、ほとんど実験ともいえる挑戦だ。
始まりは、12時、福岡空港到着から始まる。
すでに、試合は終わっているハズだ。
「すべての電子機器がお使いになれます」
機内アナウンスと共に、客の指先が動き始める。
危ない!
早く、機外に出なければ・・誰かが叫び出す歓声に、
耳が反応してはならない。
機外に飛び出したものの、空港内には危険がいっぱい。
ニューステロップの文字が、流れる表示板がある。
どっと溢れる乗客たち。
バス乗り場に向かう。
久留米行きのバスチケットを買い、乗り込む。
最後部の席を陣取り、耳をオフにする。
久留米駅前に到着。
タクシーに乗り込む。
「ラジオを切って貰えますか。
眠っていますので、着いたら起してください」
話しかけないで下さいと、暗にお願いしている。
話しかけた話題に、サッカーの話が飛び出すかもしれない。
良かれと思って、結果を喋られるかもしれない。
レストランに着いた。
どうやらここで、スタッフと昼食をとるらしい。
これは難問だぞ。
まず、初めて会うスタッフに会った途端・・
「ご挨拶前なのに、唐突なんですが・・・」
家に録画してある日本戦を見る為に、
結果を知りたくない旨を、早口で告げる。
すると目の前の彼らは優秀だった。
ハッシと胸をコブシで叩き、納得してくれたのだ。
くれたのだが、レストランという場所柄、
そう簡単にはいかない。
カランカラン
ドアベルを鳴らしながら、お客が入ってくる。
一組目のサラリーマン風の2人連れは、
どうやらサッカーに全く感心がないらしい。
良かった。
カランカラン
ナイキのジャージを来た若者が2人入ってきた。
やばい・・やばいゾ・・
我々は、ランチを食べ終わり、
食後のコーヒーを待っていた。
「そういえば、オレ前半だけ観たんだけどサ」
きたあ~~~
とっさに、椅子を蹴立ててドアに突進する私。
「あの食後のコー・・」
駐車場に走りこむ。
ギリギリセーフである。
しかして、ロケを無事に終わり、
最後の関門、福岡空港へ。
折りしもこの日は日曜日。
悪い事に夕方。
最終便を予約していた私は、
キャンセル待ちの列に並ぶ事になる。
目の隅にテレビ画面を認める。
自らの眼球のピントをぼやかす。
その辺りには、観光客だろうか?
数百人の賑やかな群れがざわついている。
ホール全体が、ワ~~~ンと響いているかのようだ。
その中に、「にほん」だの、
「ザッケローニ」だのの単語がまぎれている。
慌てて、文庫本をとり出し、読み始めるが、
逆に、意識が、周りの音に敏感になってしまう。
これはダメだ。
そこで、この方法をとってみた。
脳みそのスイッチレベルを落とし、
ぼんやりした人になる努力をする。
ふと、大分の高崎山の猿のボス、ベンツを思った。
先年、ついに帰らぬ人、いや猿となった、
伝説のボス猿ベンツ。
彼のまなざしは、決して鋭いわけではなく、
どこか凡庸とした目つきをしていた。
「近くのモノは見てないヨ」といった風情すらあった。
そのくせ食事時だけは、あさましい程の食欲を見せていた。
ベンツのあのボ~とした雰囲気、
あれは、脳のレベルを高めたり、落としたり、
自在に操作できたのではないか?
よし、
ベンツの顔マネをしていよう!
いつのまにか、私は、機内の人となり、
ベンツ顔を崩すことなく、
羽田空港に辿り着いた。
オールクリア!
機長の、《試合結果親切アナウンス》もなかった。
ただ一瞬、びびったけんどネ。
「当機は順調に飛行中ですが、
残念ながら・・」
きた~~~!
「残念ながら・・
神戸上空には雲が多く、夜景が観られません」