
舞台には、本公演と地方公演がある。
<地方>という言い方もいかがなものかと思うのだが、
昔から慣習として、そう呼ばれている。
ある街からある街に、移動する日がある。
移動日と呼び、ただ移動するだけの、恵まれた日だ。
言ってみれば、お休みである。
しかし、地方巡業というのは、さほど豊かではない。
予算を切り詰める為、終演後、すぐさま次の場所に移動し、
翌日、公演ってのが、普通だ。
コレを《乗り打ち》と呼ぶ。
今回の、《出発》の芝居は、乗り打ちだ。
それも、珍しく
バス移動である。
終演と共に、夕方買い求めた食糧と飲料をバスに積み込む。
バスは、観光バス。
スタッフと共に乗り込み、
座を安定させるや、
プシュッ!
缶ビールが、お疲れ様の挨拶をする。
今夜の移動時間は、5時間とアナウンスされた。
夜中の2時に、次の場所のホテルに着く予定だ。
それまで、飲み続けようという魂胆である。
あらかじめ劇場の隣のスーパーで、大量に買い求めた、
カラアゲだの、串カツだのが並べられる。
といっても、列車と違い、バスは宴会に向いていない。
皆が同方向を向き、しかも、テーブルがない。
さらには、よく揺れる。
飲みモノを立てて置けない。
常に、片手が飲みモノでふさがっている宴会場なのだ。
その中で、箸で、ソーセージをつまんだり、
芋にかぶりついたり、バスが段差で、ハネた折りには、
カップを高く掲げたり、
なにげに運動神経を逆なでする呑み会である。
間違ってこぼしたり出来ない。
なんたって、貸切の観光バスだ。
誰がこぼしたか、一目瞭然である。
始末書モノだ。
さらには、全員が呑み会に参加している訳ではない。
明日の為に、眠っている人もいる。
勿論、彼らが正統派だ。
ゆえに、
静かに盛りあがらなければならない。
小声で、冗談を言い、小声で笑う。
時に声が大きくなってしまうや、すぐさま誰かが、
「シ~静かにしようネ!」
『あら、アンタの声が一番デカイわヨ!』
「そういうおまえこそ!」
『シィ~~』
シ~シ~シィ~シィ~
ビタミンCの宣伝のような光景がバス内にこだまする。
「修学旅行じゃないんだから、もう寝なよ」
さすがに、声がかかる。
『ごめんなさい、シィ~シィ~』
結局、バス深夜便は、シィ~シィ~の合唱の中で、
終点まで続くのだった・・・