
芝居の旅公演の連日<乗り打ち>移動ともなると、
そうそう長距離移動は難しい。
ところが、そんな甘えは許されない。
例えば、我々の毎日はこんなだ。
京都府⇒愛知県⇒長野県⇒群馬県⇒山梨県⇒福島県⇒東京都
この矢印から矢印までは、一日しかない。
舞台なのだから、セットがある。
照明も音響も、すべてをバラシ、又新たに組む。
毎日毎日、移動してから組む。
陸送トラックが走り、追うように人間は、バスで走る。
アメリカのマイナーリーグでは、
大陸をバス移動すると聞いているが、
そのミニテュア版である。
マイナーリーグのバス内では、皆眠っていると思われるが、
我がミニチュア版では、ドンチャンである。
笛太鼓はないものの、静かに燃えあがる。
ホテルに着いたらすぐ眠れるようにと考えているかのように、
最後の体力を使い果たす。
実際、到着と同時に、バタンキューである。
中には、バタンキューせずに、まだまだ体力が余りまくって、
街に繰り出す大元気者もいるが、
朝になると、何事もなかったかのように、ケロリとしている。
さすがというしかない。
こうして旅をしていると、日にちの感覚が長くなる。
一週間の旅は、3週間にも感じられる。
まさに、アインシュタインの相対性理論だ。
<浦島効果>だ。
浦島太郎が、竜宮城で遊んで帰ってくると、
実は、何十年も時間が過ぎていたという説だ。
観測者によって、時間の経ちかたが異なるという話だ。
松尾芭蕉の<奥の細道>の冒頭の出だし・・・
《月日は百たいのかかくにして、行きこう人もまた旅人なり》
という文章がある。
これって、まさに相対性理論の話ではなかろうか?