《奈落(ならく)の底に落ちる》という言葉がある。
物事がうまく運ばず、どん底にまで落ちてしまう事を言っている。
奈落とは、舞台用語だ。
舞台は、表面が板張りで出来ており、
その下には地下空間(ならく)がある。
例えば、<新橋演舞場>の奈落を覗いてみよう。
階段を降りてゆくと、地下に広大な空間が現れる。
その真ん中に、大きな動輪のマシンが据えられている。
高さ8m、直径15mほどの円柱マシンだ。
舞台全体を回転させる巨大なマシンである。
さらにその中に、上下に動くセリが複数ある。
うす暗く、迷路になっている。
案内がなくては、危なくて背を立てて歩けない。
SF映画エイリアンの宇宙船内に迷い込んだ感覚を覚える。
係りの者が数人いて、検査掃除点検を怠らない。
たった一度の失敗も許されない、超プロの世界がそこにある。
アンダーグラウンドの職人である。
仕事は厳しく、態度は優しい。
「さ、どうぞ」
丁寧に丁寧に、懐中電灯を差し向け、誘導してくれる。
っと云うと、年のいった五分刈り頭の職人風を想像しそうだが、
思いのほか若い方である。
スタッフは皆、黒いティシャツを着ている。
たとえ、客席から見えてしまっても、見つからないように、
黒い色の服装で統一されている。
だから、暗闇に潜む彼らは、まるで忍者だ。
声すら発しないので、壁際に立たれていても、
それと分からない。
さすがに顔だけは白いので、そこに人がいると判別できる。
「おはようございます」
おじぎをしたら、モップだったなんて事もある。
この地下世界には、ぜひ、
洞窟探検家の吉田勝次さんを招待しなければなるまい。
ケイバーとしてのご意見を聞いてみたいものだ。
その際には、ヘルメットにライト、フル装備で挑戦して貰いたい。
スッポンなどの縦穴には、ロープで降りていただきたい。
様々な大道具小道具が林立しており、
まさに、地下鍾乳洞の魅力あふれる世界がそこにある。
プロケイバーとしての、
奈落探検レポートをして頂きたく存じあげ候。