
《人間は、空気を吸う穴と、食い物を通す穴と、
どうして、同じ穴を使っているのだろう?》
人間と言ったが、豚も、鶏も、トカゲも、
同じ穴を使っていると思われるが、
今は、人間だけに焦点をあててみよう。
息が通るのは、喉である。
ご飯が通るのも、喉である。
一箇所を必ず通る。
だから、問題が起こる。
人は、風邪をひく。
喉が痛くなる。
ゆえに、ご飯が食べられない。
本来ならば、風邪をひいた時こそ、ご飯をモリモリ食べて、
栄養を採って、体力を回復させなければならない。
なのに、喉が痛いという理由で、
ご飯が食べられない。
これ・・おかしい。
それは、消化器系と循環器系が独立していないからだ。
たった一箇所、《喉》を共有しているからだ。
弁なるもので、
口から入ってきた空気と食べ物を振り分けている。
めんどくさい仕組みになっている。
では、どうであったら良かったのか?
進化はどう働いたら良かったのか?
《穴が、二つあったら良かった》
循環器系と消化器系、二つの穴が独立してあれば良かった。
どうして進化は、そのように促さなかったのだろうか?
例えば、
鼻は循環器系として、空気を取り入れるだけ。
その空気は一本の穴で、肺に届く。
口は消化器系として、食べ物飲み物を採りこむだけ。
口からは、一本の穴で、胃袋に届く。
こう分かれていれば、解りやすかった。
では、なぜ、喉を共有しなければならなかったのだろうか?
さっき、トウモロコシを頬張りながら、ウンウン考えた。
一本食い終わる頃に、ふと、ある考えが浮かんだ。
人は、走って逃げる時に、沢山空気を吸わなければならない。
鼻からでは、空気量が少なすぎる。
口も動員して吸わなければ!
逃げる為なのか追う為なのかは定かでないが、
大口を開けて空気を取り込む必要が頻繁にあったらしい。
ならば、大きな鼻を進化の中で、
獲得すれば良かったのだろうが、
顔面に大きな穴を二種類もあける進化が、イヤだったようだ。
そこで、苦肉の策として、
<普段の空気取り入れは、鼻>で、
<走る時は、口>で、
と顔面開口部を使い分けたのだ。
そして、口を使ったからには、その代償として、
喉に空気を通過させなければならない。
「しょうがない、喉に弁をつけよう」
進化の神様は、めんどくさい身体を、我々に与えてくれたものだ。
海で鼻から水が入って、痛いんですけんど!