築地魚河岸が、ついに移転するらしい。
東に、2、5キロ離れた豊洲(とよす)に移る。
ここで、今日は、この言葉をテーマに話をする。
《昔を懐かしむ》
じじいになると、昔を懐かしむといわれる。
じじいは口を尖らせる。
「なにが悪い!」
昔を懐かしんで、なにが悪い!
築地魚河岸で私が働いていたのは、35年前のことだ。
いわゆる築地二代目が君臨していた頃である。
元々、魚河岸は日本橋にあったのだが、
関東大震災で焼けてしまい、現在の築地に移転した。
その中の、中卸(なかおろし)の、
星庄(ほししょう)という店にいた。
アジやらサバやら秋刀魚やら、数多くの種類の魚を扱い、
私の役目は、大卸から、その魚が入ったハッポースチロールを、
潮待茶屋と呼ばれる場所まで、小車で運ぶのである。
「カネハチ、サンマあ~!」
茶屋前で大声で告げると、
「へい!」
返事をしてくれる。
これらの魚の中で、最もやっかいなのが、イカである。
ハッポースチロールにイカが入れられたのは、
北海道などの沖合い、イカ釣り漁船の中だ。
きちんと並べられ、そのまま冷蔵されて築地に届く。
このイカは、町の魚屋に持っていかれ、
ハッポースチロールのまま、店頭に置かれる。
バラバラにはされない。
理由は、色にある。
イカの表面は、黒茶色に輝いている。
いかにも旨そうだ。
ところが、イカ同士が接している箇所は、白いのだ。
あれをバラバラにすると、
だんだんまばらのみっともない色合いになる。
さあ、そのばらばらに出来ないイカを、大量に運んでいる。
小車に、何十というハッポーが積まれてある。
そんな時、事件が起きる。
バランス良く摘んだつもりが、実は、
やや後ろが重い場合がある。
するとどうなる?
なにかの弾みで、さらに後ろ加重が加わり、
後ろに傾いてゆく。
するってえと、どうなる?
私の身体が、宙に浮いてゆくのだ!
足をバタバタさせながら、宙に浮く私。
周りで歓声があがる。
「あ~やっちゃった」
っと、後ろの方に積んであるハッポーが、崩れ落ちる。
ドタドタドタ
後ろが軽くなる。
バランスを取り戻した私の身体は、ドスンと落ちる。
跡には、崩れたハッポーと、
だんだんまばらのイカの群れ。
肩を落とし中卸に帰ってくる私を、二代目がむかえる。
「やっちゃったのか?」
『はい、やっちゃいました』
「何箱?」
『4箱』
「もう、売り物になんねえな」
『すみません』
「おう、アンチャン、気ぃ落とすなヤ」
『はあ・・』
「そのイカ持ってきな、うめえゾ」
なんと二代目は
私を叱るどころか、ねぎらってくれ、その上、
売り物にならないからと、お土産にしてくれたのだ。
これを、魚河岸では、
きっぷと言う。
いなせとも言う。
持って帰り、捌いたイカの旨かったこと!
その星庄・・・今年の9月いっぱいで店をたたんだ。
星庄二代目 ありがとうございました