「こちらの車にご乗車下さい」
空港にお迎えが来てくれた。
ハイエースをちょっと小さくしたワゴンタイプだ。
名刺の交換後、運転手を務める彼の後ろに座る。
「一時間ほどですので、おくつろぎ下さい」
すでに運転中なのに、
首を捻じ曲げ、
後ろを向いて挨拶している。
いつもそうしているのだろうか・・首の曲り角度が、激しい。
エクソシストの首回りに近い。
背もたれにアゴが乗っている。
「飛行機、揺れましたでしょう・・」
『ええ、まあ・・』
喋るたびに、後ろを振り向く。
ちょいと振り向くのではない。
振り向いたまま喋る。
2秒以上、振り向いている。
『どうぞ、前を向いてて下さい、聞こえますので』
「ハイハイハイ」
と言いながら、振り向いている。
ほんのしばらく静かだと思ったら、
再び、グルリと首が回ってきた。
「もうちょっとですね、紅葉。今年のモミジは赤がすこし・・」
『赤ですアカ!信号アカ!』
これはなんとかしなければ・・
以前にも、そっくりなケースがあったな。
その時、どうしたんだっけ?
そうか、返事しなければいいんだ。
首が回り、目が合う。
「寒くないですか?暖房いれましょうか?」
『・・・・・・・・・・・・』
「足、投げ出してくださいネ」
『・・・・・・・・・・・・』
「よかったら、ボックスに飲み物が入ってますから」
『・・・・・・・・・・・・』
ダメだ・・返事しない分、振り向き方が大きくなった。
自動車運転で、バックの時、助手席に左手をつき、
大きく振り返るアレだ。
右肩が、シートベルトで押さえられてなければ、
ハンドル放して振り向きそうな勢いだ。
黙秘戦術はあきらめた。
そうか、助手席に移動しよう。
ヨイコラショ。
「ああ、いらっしゃい、いらっしゃい・どうぞどうぞ」
見ると、完全に横を、つまり私を向いて喋っている。
「ダッシュボードに、タオルがありますから・・」
『はい』
「風向き変えましょうかネェ」
『はい』
「昨日の祭りの際にですネェ・・」
話の最中、ずっとこちらに顔を向けている。
時折、チラリと前方を見るだけだ。
恐らく、右側の窓に、UFOが現れても気づかないだろう。
助手席移動作戦も失敗だ。
どうする?
そうか、こんな時は、<寝たフリ>作戦だ。
「あ~おやすみですか、お疲れですもんね、お忙しくて・・」
『・・・・・・・・・・・・』
「左の所のヤツを引っ張ると、イス倒れますから・・」
『・・・・・・・・・・・・』
しばらく・・沈黙の時間が過ぎた。
ふと気配を感じ、薄目を開けると・・
私の目の前に腕が伸び、
窓に何か貼り付けている。
『な・な・なんすか?』
「窓のシェードを」
身体ごと左に寄ってきて、腕を懸命に伸ばし、
私の左の窓にシェードを貼り付けてくれているのだ。
「自分でやります、自分で。どうぞ、
前を向いてください」
困ったな・・
このままだと、ひょっとして、ハンドル放して
後ろに、ヒザ掛け毛布とか取りに行きかねないナ。
思いきって、言ってみようかなぁ~
『私に運転させてください!』