
天然温泉の水風呂につかっていた。
っと、隣のサウナから、ご老体がドアを開けて出てきた。
髪の毛は無く、アゴヒゲを白く蓄え、年の頃、75とみた。
水風呂の横に、座り込み、オケで、水を頭の上から、
ザンブザンブとかける。
豪快なご老体である。
さあ、そこからが問題だった。
ズブリと冷水の中に入ってきたご老体。
そのまま、うつ伏せの大の字になって浮かんだのである。
ほてった身体を、冷やそうという考えなのだろうが、
その浸かり方は、異様ともいえる・・
泳法用語的には、<浮身>のさかさま浮きである。
警察用語的には、<溺死体>である。
正確に云えば、<全裸溺死体>が正しい。
冷水の中には、私と、この全裸溺死体もどきしかいない。
しばらく様子を眺めていた。
しかし、20秒過ぎたあたりで、不安を覚える。
生きているのだろうか?
見た目は、完全に浮かんだ死体だ。
30秒経過したところで、困惑が始まる。
(ほおっておいていいのだろうか?)
(もしもし、などと突いたら、せっかくいつものルーティーンを、
施行いる邪魔をされて、怒り出すのではないか?)
しかし、このままほうっておいたら・・
事件後、事情聴取された時の事を考えてしまう。
「隣で浸かっていながら、アナタは気づかなかったんですか?」
『はあ・・』
「随分なお年の方とわかったんでしょ」
『えぇ・・』
「どう見ても、気を失っている浸かり方じゃないですか?」
『そうですよねぇ・・』
40秒過ぎた。
周りを見回したが、係員はいない。
客の姿も近くにない。
壁の温度計は、17,0度だと示している。
50秒!
もう限界だ!
これはなんとかしなければ!
いや、遅すぎたかもしれない。
「なぜ、もっと早く、確かめなかったんですか?」
『まさかと思って・・・』
「アナタの怠惰な、まさかで、人ひとりの命がですね」
ご老体の足を掴もうと立ち上がった。
まさにその時、沈んでいた頭が、ユラリと起き上ったのである。
プシュ~
激しい息を吹き出し、ジャバッと水から上がると、
犬のように、身体を震わせて水気を切り、
ノッシノッシと露天に向かって歩き去っていった。
健康という事は、いいことである。
いつまでも元気という事は、いいことである。
ほんだけんど、
《うつ伏せ冷水浮かび》は、20秒までにして欲しいなあ~